お笑いに身を捧げ、面白さで黙らせる ミルクボーイ内海崇、角刈り後の再生

ネタへのいちゃもんは、面白さで黙らせる
――見た目は試行錯誤を重ねてきた一方で、テーマを一つ決めてああでもないこうでもないと掛け合いを繰り返す漫才のスタイルは、デビュー当時から変わらず続けていますよね。コンビとして日の目を見ない時期を長く過ごすと、スタイルを変えて風穴を開けようという発想も出てきそうですが、当初のスタイルを貫き通せたのはなぜでしょうか。
2人とも、一つのネタをころころいじるのが好きなんですよ。そのスタイルで漫才を始めて、大阪の若手の賞レースでも、劇場でも結果が出てました。2010年にM-1が一度終わってからは、純粋にサボってただけ。先輩からも「あのネタ、おもろいのにやらんの?」って言われましたが、ネタ合わせもせんし、新ネタも作らんし。スタイルを変える変えない以前の問題です。
2017年からは漫才に真剣に打ち込むために、ギャンブルを断ち切り、何もしない日をなくしました。お笑いの仕事がない日は、必ずバイトを入れる。コンビで生活リズムを合わせて、朝から夕方まではバイト、夕方からはネタ合わせ。毎日2〜3時間、1カ月で70時間くらい漫才の練習に費やしました。こんな日々を2019年まで続けたんです。2019年に何が変わったの?ってよう聞かれますが、ただただ人生で一番努力しただけです。
――すごい練習量ですね。M-1の決勝の舞台にも自信をもって臨めたのでは。
そこはそうでもなくて。M-1って、予選は主にお笑い好きのお客さんが見にきますが、決勝は観覧募集でいろんなタイプのお客さんが集まります。僕らのネタは見る人を選ぶところがあって、決勝のお客さんと相性がええかはわからない。そもそも「コーンフレーク」というネタ自体、百発百中ではなく、日によってちょいちょいすべってたので、このネタでほんまにええのか直前まで不安はありましたね。

――ネタがウケないとき、原因をどこに求めて良いか迷いませんか。場所が悪いのか、観客との相性が悪いのか、はたまた自分たちの努力が足りないのか。
さっきお客さんとの相性みたいな話もしましたけど、究極的には、ウケないのはそのネタがいちゃもん付けられるだけの出来だったということです。僕らも、「その髪形やめた方がいいんちゃうか」とか「その衣装なんやねん」とか、よう言われましたよ。「気が散ってネタが入ってこうへんねん」って。こんな格好しているくせに、ネタの中では髪形もスーツもいじらないですからね。ただ、そんなことを言われるのは、ネタが圧倒的に面白くないからです。それは面白さで黙らせるしかないんです。
――M-1本番では、その圧倒的な面白さを見せつける格好になりました。大会の舞台裏を映した映像では、ミルクボーイの得点が発表され、最終決戦に進める3組が待機するボックスにお二人が入ろうとするとき、その時点で4位となってボックスから退出する見取り図の2人から、「感動した」と激励の言葉をかけられていたのが印象的でした。
やっぱり仲間意識があるんですよ。ウケたときの気持ちも、すべったときの気持ちも分かり合えるじゃないですか。M-1は、MCやゲストが出演者の名前が書かれたくじを引いて、呼ばれた順にネタを披露する仕組みですが、名前が呼ばれたとき、他の芸人は「いってらっしゃい!」って感じで送り出すんです。視聴者はもっとバチバチした戦いを期待しているのかもしれませんけど。
――死力を尽くした者同士の連帯感のようなものでしょうか。
そうです。この舞台に立つまでにどんだけ時間を費やしてきたか、お互いにわかってるんですよ。それはM-1だけではありません。昔は売れてる後輩をテレビで見て、イヤやなと思うこともありましたけど、自分が本気で努力してからは、そういう気持ちは一切出てこなくなりました。死ぬ気で頑張ってる芸人はむちゃくちゃおるし、その努力が報われて、全員日の目を見てほしいですね。
――M-1優勝後、瞬く間に売れました。お二人の原点は漫才ですが、さまざまな仕事が増えて、漫才を披露する機会は減っているのでは。
それが、関西の番組は異様に厳しくて(笑)。1時間でネタを作って、街で出会った人にサプライズで漫才を披露するという修行みたいなことをしたり、料理コーナーを任されている別の番組では、その日の食材を使った漫才からコーナーが始まったり。今でも定期的にネタを作っています。
――またM-1に出たいと思いますか。
それよう聞かれますが、あれ以上の結果はないので。劇場の若手たちは、みんな次のM-1の話をしていますよ。その舞台から離れてしまったことに、いっとき寂しさを感じたこともありましたが、銀シャリさん(2016年のM-1王者)がアドバイスをくれました。「今年大会に出るならこれっていう渾身(こんしん)のネタを作っておくと、漫才師としてのモチベーションを保てるよ」って。
それを聞いて、本気で新ネタを作りました。みんなびっくりしてましたけどね。なんか知らんけど、ミルクボーイがネタを仕上げてるぞって(笑)。
――漫才同様、スーツに角刈りのスタイルも続けますか。
そうですね。特に角刈りは、もうおっちゃんが80歳近くなので、いつ引退するかわからないじゃないですか。おっちゃんにしか出来ない髪形なので、行けるうちに行っとこうって思ってます。
ただ、一つ言っておかなあかんことがあって。おっちゃん、腕は確かなんですが、僕が取材とかで話しまくったせいか、最近になって本人が情報を訂正してきて。ほんまは近畿3位らしいです。
うつみ・たかし 1985年生まれ、兵庫県出身。2007年7月、大阪芸術大学時代の同級生、駒場孝とミルクボーイを結成。2019年に「M-1グランプリ2019」で優勝して一躍ブレーク。各種のバラエティー番組を中心に活躍する
ミルクボーイさんの青春物語を楽しく読みました。藤子不二雄さんをモデルにした「まんが道」のような爽快な読後感でした。紆余曲折ありながら、夢に向かって進んでいく内海さんと、それを支える散髪屋のおっちゃん。お金を介さない、二人のあたたかいつながりにちょっぴり落涙しました。