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このパンがすごい!
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中身ぎゅっ。香ばしいノンをほお張れば、気分はキルギスへ/シルクロードベーカリー シェル

このパンを食べることはまさに旅だ。中央アジア・キルギスのパン「ノン」。不思議な模様が刻まれた円形のパンを見ていると、博物館で古代の王の遺品を見学しているような気持ちになる。

日本のどんなパンにも似ていない。中身はぎゅっと詰まって、ぎゅうぎゅう噛(か)みしめてやっと噛み切れる。でも、硬いかといえば、ふさふさとしてやわらかい。やがて麦とひよこ豆の旨味(うまみ)がじーんと舌に響いて、燻(いぶ)したような香ばしさと、まぶされたブラッククミンと黒ゴマの香りが、遠いシルクロードへと思いを馳(は)せさせる。

作り手は、キルギス共和国のパン屋に生まれたサトゥバルディエフ・シェルゾッドさん。妻・香織さんとの結婚を機に来日。日本語もわからないまま、数軒の有名ベーカリーで仕事を務められたのは、国境や製法を越えた“パンの感覚”が身についていたからだ。食パンの国・ニッポンのパンはみなふわふわで「食べた気がしなくて」、ある日、キルギスで使われているタンドゥール窯を自作し、ノンを焼いてみた。

ノン。「チェチキ」と呼ばれる本場の型を押しつけ、模様が刻まれる
ノン。「チェチキ」と呼ばれる本場の型を押しつけ、模様が刻まれる

「すごくおいしくて、家族がよろこんでくれました。友達に送ったら、彼らもなつかしいと思ったみたいで、『これは日本で売れるよ』って、Facebookで注文をとると、『私もほしい』『私もほしい』ってコメントがどんどん増えて」。たくさんの声に押されたことが、開店のきっかけになったのだ。

発酵時間は短め。だから、生地はふくらみきらず独特の食感に。にもかかわらずあんなにやわらかいのは、電動のミキサーを使わず、生地を手ごねするからだ。

「12歳から厨房(ちゅうぼう)に入って、18歳で50キロの生地を手で仕込んでいました。木でできた、お風呂みたいな桶(おけ)で、1時間以上はかがんでずーっとこねつづけます」

生地をこねつづけることは相当な重労働だ。「腰がきついんですよね。体重をのせるために、お腹(なか)のあたりに重心をおかないといけないので」。人の力はしなやかなグルテンを生み、それがあのやわらかさにつながる。

グシノン
グシノン

もうひとつ、本場さながらの味を作りだすのは、タンドゥール窯。高温によってしっかり熱が伝わり、短時間で焼くことができて、水分も風味も逃さない。

輪っかの形のノンに羊肉を入れた「グシノン」。肉から湧き上がる旨味は獰猛(どうもう)なるも、予期した臭みはまったくない。まるで肉まんのような人なつっこさでありつつも、スパイスの芳香やお焦げの香ばしさは、肉まんにはない魅力だ。

「ラムは玉ねぎといっしょに、前日から冷蔵庫の中で一晩水に漬けて血抜きをし、翌日スパイスを加えます。血が出て、臭みも消えるんです」。生のまま生地に詰め、タンドゥールで火を入れる。肉の味は残らずパンの中に閉じこもるはずだ。遊牧民族が羊を食べる知恵は本当にすごい。

サムサ断面
サムサ断面

「サムサ」は、インド料理店で何度か食べたことがあるが、こんなにずしっとして、ばりばりっと痛快に割れ、底が香ばしいものにはじめて出会った。中からは先述の羊肉がジューシーに飛びだしてくる。あふれかえる肉と小麦の風味。両者はくんずほぐれつし、口の中はお祭り状態だ。

これも本場同様、タンドゥール窯で焼かれる。タンドゥールは、オーブンとは異なり、壺(つぼ)のような形をして、内側の壁に生地を貼りつけて焼く。肉がぎっしり詰まったサムサが、下に落ちないのは不思議だが、そこにも、本場仕込みのテクニックがある。

「やわらかいと、べろんと落ちてしまうので、グルテンを硬く作ります。休ませてはこねて、休ませてはこねて。すごくしょっぱく作らないとダメです(塩でグルテンを引き締める)」

ノンは、キルギスの食卓になくてはならないものだ。「なんでもかんでもノンといっしょに食べます。スープに浸したり、肉をはさんだり。お米も、ノンといっしょに食べます」

キルギスレストラン「ヴァタニム」で提供されるノンと羊肉料理
キルギスレストラン「ヴァタニム」で提供されるノンと羊肉料理

本場の料理とノンの相性はどういうものだろう。シェルゾッドさんが営むキルギス料理店「ヴァタニム」を訪ねた。すすめられた料理は、ラムを煮こんだ「スルタマ」。キルギスからわざわざ輸入したスパイスが使用される。でも、いわゆるスパイシーさはなく、肉の旨味が溶けだしたやさしい甘さのスープに浸っている。羊肉の味わいを、身が詰まっているがゆえに味わいもしっかりとしたノンが完璧に受け止める。それは、牛丼の肉とごはんの関係のようだ。郷に入っては郷に従え。キルギスの料理にはキルギスのパンがもっともよく似合う。

シルクロードベーカリー シェル
埼玉県春日部市増富564-7
070-5544-8811
10:00~16:00(売り切れ終了)
日曜のみ営業
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ヴァタニム
東京都中野区新井1-36-9
03-6454-0689
17:00~20:00
月曜休
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フォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)
「このパンがすごい!」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)

池田さんからのお知らせ

5月25日、『パンのトリセツ』(誠文堂新光社)が発売になりました。サブタイトルは「知ればもっとおいしくなる! 切り方・焼き方・味わい方」。食パンはもちろん、バゲット、カンパーニュなどのハード系、イタリアパン、イングリッシュマフィン、ベーグルなどの食べ方を徹底解説した本です。あなたのパンライフをもっと楽しくする一冊。ぜひお買い求めください!

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