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よみがえる江戸時代の姿 発掘調査最新報告 米子城(3)

発掘された表中御門枡形(ますがた)の石垣

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は米子城(鳥取県米子市)の第3回。最新の発掘調査成果をお伝えします。

【動画】米子城の発掘成果

戦国の緊張感、幕末の偉容…城内に息づくドラマ 米子城(2)>から続く

三の丸が国史跡に追加指定

2021(令和3)年3月、米子城の本丸や二の丸などの中心部に加えて、三の丸が国史跡に追加指定された。これに先立ち整備が進められ、旧湊山球場の外壁部分が撤去されて壮大な米子城の全体像がよく見えるようになっている。江戸時代の景観がよみがえりつつあり、往時に思いをはせて感激するばかりだ。

また、一角には米子城跡三の丸駐車場が整備された。見通しのよさと登城のしやすさが格段に上がったことで、米子城を訪れる市民も増えているという。

三の丸駐車場から。石垣がよく見えるようになった
三の丸駐車場から。石垣がよく見えるようになった

米子城(2)〉で紹介したように、米子城は大きく山上の城と山麓(さんろく)の居館部に分かれる。北東麓には、城主の御殿や武器庫などがあった二の丸、米蔵や馬屋などがあった三の丸があり、南麓の深浦に御船手郭(おふなでくるわ)があった。三の丸は、旧湊山球場から飯山の北東〜東側の範囲だ。三の丸の外側には中海から海水を引き込んだ内堀がめぐり、その外側には武家屋敷、外堀を挟んで、さらに外側に町人地と寺町が形成されていた。

二の丸から見下ろす三の丸
二の丸から見下ろす三の丸

米子城は廃城後にすべての建物が破却されたが、明治時代に個人所有だったこともあり、山上の石垣などは開発の手を免れ、全国のほかの城に比べて保存状態がよい。文献・絵図資料なども数多く価値が認められたことから、2006(平成18)年には本丸と二の丸が国史跡に指定されている。

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