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城下町に残る商都の面影 米子城(4)

加茂川(米子城外堀)の景観

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は米子城(鳥取県米子市)の第4回。商都の面影を残す城下町を訪ねます。

米子城下町

城の北から東に広がる城下町

米子城は、城下町も魅力だ。周囲にさえぎるものがない標高90.5メートルのコンパクトな山に築かれているため、本丸からは城下町がよく見える。都市化が進んでいるものの、当時の町割が現在の町の基盤になっていることが感じられ、その痕跡を探しながら歩くのも楽しい。城下町は城と同様に、吉川(きっかわ)広家が基盤をつくり、1600(慶長5)年に城主となった中村一忠が完成させたと考えられている。

本丸から見下ろす城下町
本丸から見下ろす城下町

近世の城下町は、城を中心として「侍屋敷(侍町)」「町家(町人地)」「寺院(寺町)」の三つが同心円状または外側に向けて並ぶ。地形や城下町を通る街道の道筋によるため厳密にはさまざまな形状があるが、三つのエリアが順番に配置されるのが基本パターンだ。城下町全体を軍事的・経済的・政治的な中心地とするため、計画的に町割がつくられた。

米子城下町も同じく、三つのエリアから構成される。城下町は城の北側から東側に展開。三の丸の外側には中海から海水を引き込んだ内堀がめぐり、その外側に侍屋敷、その外側に外堀、町家、寺町と並ぶ。内堀には大手と搦手(からめて=裏側)にそれぞれ橋が架けられ、城と城下町を結んでいた。ANAクラウンプラザホテル米子のあたりが大手門跡だ。

本丸からは寺町通りまで見える
本丸から北東側を望む

侍屋敷は、武家屋敷の外側に配置される家臣の屋敷だ。上級武士ほど城から近く、身分に応じた規模と格式の屋敷を構えていた。家老や上級武士の屋敷は二の丸や三の丸にある城が多いが、米子城の場合は武家屋敷も三の丸の外側にあったようだ。

ちなみに、現在二の丸跡の脇に建っている旧小原家長屋門は、城下町から1953(昭和28)年に移築された侍屋敷の長屋門だ。本来は大手門を出てすぐのところにあり、米子城を預かった荒尾氏の家臣・小原氏の屋敷の正門だった。城の建物ではないが、城に限りなく近い侍屋敷の門らしく、通行人を見張る番所がつく堂々としたつくりになっている。

旧小原家長屋門
旧小原家長屋門

侍町を囲むように外堀がめぐり、その外側に町家が広がっていた。町家は、城下町を通る主要街道の両側に立ち並ぶ商工業者の家屋だ。加茂川を活用した米子城の外堀はL字型で、そのため町家も外堀に沿うように形成され、旧山陰道とそれに直行する本通りという2本の街道に沿ってT字型に広がっていた。

町家全体が防御施設となるため、道筋には鉤(かぎ)の手に折れたり屈曲したり、袋小路を設けたりと工夫が凝らされている。「小路」を見つけながら往時の町並みに思いをはせるのも城下町歩きのポイントだ。

NEXT PAGE地名に、住んでいた人々の名残が

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