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このパンがすごい!
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じゅわじゅわ湧き出るバターの泉。名シェフが繰り出す、驚きの一手/Scene Kazutoshi Narita

狂ったようにむさぼり食った。「Scene Kazutoshi Narita」のクロワッサンである。

キャラメリゼされたバターの甘い香りに包まれ、かそこそともろく崩れる層。さらなる衝撃は中身。みずみずしくも鮮烈なバター汁が泉のようにじゅわじゅわ湧きだしたのだ。

成田一世さん。フィレンツェの「エノテカ・ピンキオーリ」、ニューヨークの「ラトリエ・ド・ジョエル・ロブション」など世界のベストレストランでシェフパティシエを務めた伝説的人物が2020年12月、麻布十番に自らの店をオープンさせた。おいしさの記憶を分析、理想から逆算して再構築するのが、成田さんの創作スタイルである。

クロワッサン
クロワッサン

クロワッサンは、フランスのレストラン勤務時代に朝食として食べていたクロワッサンの記憶から理想を割りだした。「発酵したおいしさがあり、外側はばりばりといいながら、中から味が滲(にじ)みだしてくる」

では、なぜ人はそれをおいしいと感じるのか? 「人間、哺乳動物はたいていお母さんのおっぱいを飲んで育つでしょ。母乳の甘さは人間が共通体験として持っているもの」。Sceneのクロワッサンから流れだす清きバター汁は、人生の原初にあるもっとも甘美な記憶を追体験させているのかもしれない。

「生搾りクリームパン」の異次元感。香りの濃密さに相反し、蒸発するように感じられるほどの口溶けの速さ。ブリオッシュ生地の卵風味は濃厚にして、奇跡のようになめらかなクリームのミルク風味もまた濃厚。両者が口の中で合わさったとき、卵とミルクが完全な一体感へと昇華する至福。

じゅわじゅわ湧き出るバターの泉。名シェフが繰り出す、驚きの一手/Scene Kazutoshi Narita
生搾りクリームパン

クリームの、経験のないフレッシュさはなんだろう。クリームを後入れし、オーブンの中で火が入ることを防いでいるだけではない。

「このクリームには粉が入っていません。粉が入っているものって老化しちゃう。それがクリームがおいしくなくなる理由です」。なんと小麦粉を入れずにクリームを作るとは。理想のためなら、既存の製法さえ超越する。

「エッグサンド」では、卵をしょうゆに漬けることで、そこはかとなくしょうゆを香らせ、郷愁をくすぐる。そこへもってきて、食パンのハイクオリティー。噛(か)んだり、溶かしたり、というパンにまつわる「重さ」を一切感じさせないのだ。中身のつややかさ、なめらかさ、熟成風味、耳の甘さ。ここでの一手は、食パンにじゃがいもを入れることだ。

エッグサンド
エッグサンド

「パンって冷蔵庫に入れておくと食感が悪くなるけど、ポテトサラダは冷蔵庫で保存してもおいしい。じゃがいもの特徴で老化しにくいからなんです。じゃがいもを入れることで、次の日までおいしいパンになります」。卵フィリングにパンが揃(そろ)い踏みして、卵サンドは新次元へと高められた。

ニューヨーク・タイムズ紙による「BEST OF NEWYORK 2007」受賞のプティバゲット(現在休止中)。ニューヨーク時代にジョエル・ロブション氏からのこんな指令が誕生のきっかけだった。

「パンは硬くちゃ食えないよ。さくっと食い切れて、料理を邪魔しないバゲット、作れないか?」

店内風景
店内風景(2020年12月撮影。現在パンの陳列台は変更されています)

現代の料理が軽くなるに従い、それまで提供していた発酵種の重たいバゲットが合わなくなっていたのだ。開発の期限はロブション氏がニューヨークを去る1週間後。「夜中もぶっ通し。そうじゃなきゃ結果を出すことは不可能でした」

試作を繰り返し、いくつかの異なるバージョンの最高の部分を組み合わせたのだ。「味はこれにしよう。テクスチャーはこれ。でも、簡単にいいとこどりはできない。味のために焼く時間を長くすると、クラスト(皮)が厚くなり、テクスチャーが変わっちゃう」

できあがったバゲットはこんな感じだ。ざくざくした皮(なかんずく先端は超かりかり)、中身はぽわんとしたやさしいもっちり感。小麦のミルキーさもでんぷんのフレーバーも濃厚。ルヴァン種は磯の香りのようにさわやかで、皮にはかすかに煮干しに似たコクがある。

店内風景
店内風景

重さはいらないが、料理に寄り添わせるための酸はほしい。このバゲットには、感じるか感じないかのかすかな酸味がある。ワインの嫌気性発酵(酸素に触れさせない発酵)にヒントを得て、エージレス(脱酸素剤)を使用して発酵をとり、欧米とは異なり、腐敗へと傾きがちな、高温多湿の日本で、クリアな風味を実現するためだ。

「なにがベストチョイスなのか? いつも理想を考えて、そこから逆算しないと正解はわからない」

孤高ともいえる高い理想と、それを実現する、ときに定石さえ逸脱するアプローチ。すべては並外れたおいしさのためである。

Scene Kazutoshi Narita
東京都港区麻布十番2-3-12 ベルフォーレ麻布1F
03-6435-4180
9:00~20:00
不定休

フォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)
「このパンがすごい!」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)

池田さんからのお知らせ

『パンのトリセツ』(誠文堂新光社)が発売中です。サブタイトルは「知ればもっとおいしくなる! 切り方・焼き方・味わい方」。食パンはもちろん、バゲット、カンパーニュなどのハード系、イタリアパン、イングリッシュマフィン、ベーグルなどの食べ方を徹底解説した本です。あなたのパンライフをもっと楽しくする一冊。ぜひお買い求めください!

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