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京都ゆるり休日さんぽ
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無病息災、魔よけ……繰り返される夏の営みが映す、暮らしと祈り〈番外編〉

京都の風景を載せた絵はがきを出すように。京都に暮らす筆者から見た街の営みと季節のたよりを<番外編>として随時お送りします。暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。

実山椒(みざんしょう)の季節は一瞬。青く香り立つ粒々が青果売り場に並んでいるのを見ると、そわそわします。頭の中では、いつ下ごしらえできそうかの算段。鮮度が落ちるのが早いので、なるべく早く下処理して保存しなければなりません。

京都の人はとにかく山椒が好きです。爽やかな香りとしびれる辛さが、上品な和食によく合うからでしょうか。梅雨の蒸し蒸しとした時期、実山椒の粒を噛(か)んだときの爽快感はこのうえない。京都人が山椒好きなのは、この蒸し暑い盆地の気候とも、大いに関係があるのではと思っています。

京都市内の風景

私が京都に移り住んできたのは、7月でした。三方を山に囲まれた京都は、湿度が高く、風が通り抜けにくい。日暮れ前になると決まって、スコールのような夕立がありました。雨がやんだあと、地面から蒸しあげられるような湿気がむっと湧き立つ。その湿度は、いつか旅したバンコクを思い出したほどです。「私は京都に越してきたはずでは……」と汗をにじませながら、風を求めて鴨川に出ると、東に大文字山が見えました。

京都市街地から大文字山を望む

「五山送り火」の「大」の字の火床を持つ大文字山(如意ヶ嶽)は、標高466メートルほどの小ぶりな山。3時間もあれば登山できるため、市民は日帰りでハイキングに出かけるほど身近な存在です。「五山送り火」では、最初に点火される右の「大」の字。8月16日の夜、まだほんのりと昼間の熱気が残る街から、次々と人びとが出てきて、鴨川の土手や高台、見晴らしの良い交差点に集まります。

祭り囃子(ばやし)が聞こえるわけでも、露店がにぎわうわけでもありません。お盆を過ぎた夏の夜、山々に灯(とも)る炎の文字を眺めて、先祖の霊を送る。何をするわけでもなく。ある年、家族で送り火を眺めながら、8時前後になるとわらわらと人が出てくる様子がなんだか笑えて「何でみんな出てくるんだろうね」と話しました。

「京都人の習性みたいなもん?」
「おかしいね」

夜の住宅街で、一度にこんなにたくさんの人が外に出てくる様子を見るのはこの日だけです。サンダルをつっかけ、うちわを片手に、夕食の片付けの手を止めて。夕闇の中、居合わせた人々が「点(つ)いた点いた」と山を指さす。おかしくていとおしいその光景。ふいに泣きたくなるような、くり返す暮らしの営み。

京都市内の風景
京都市内の風景

送り火の翌日、早朝から大文字山に登る人がいます。お目当ては、「消し炭」と呼ばれる火床に残った炭。この炭を半紙にくるんで水引を掛け、玄関につるしておくと厄よけになるといわれています。私も、お裾分けをいただいたことがあります。

山椒は、その強い香りから魔よけの意味を持つと伝えられてきました。6月末、夏越(なごし)の祓(はら)えに食べる「水無月(みなづき)」も、無病息災を願い、氷を模した三角形に魔よけとされる小豆をあしらった和菓子。取材先で、半紙と水引を掛けた紫陽花(アジサイ)がつるされているのを目にし、理由を訊(たず)ねたこともあります。6月の6の付く日、こうして紫陽花をつるしておくと厄よけになるという言い伝えがあるのだそう。京都には、日本には、いったいどれだけの厄よけや魔よけの風習があるのでしょうか。

玄関につるされた祇園祭の「ちまき」

新型コロナウイルスが世界を一変させる以前から、私たちは無病息災を願い、さまざまなしきたりを行ってきました。科学があらゆる事象を解明しても、厄よけの風習は綿々と続けられています。根拠などないのに。魔よけの食べ物で体を清め、決められた日に決められたことを行い、山に登り、水引を結び、願う。まるで、そうすることがその日のタスクであるかのように。

青果売り場の実山椒は、いつの間にか姿を消し、青梅に代わりました。めぐる季節が、暮らしに新しい仕事を与えます。

「今作らなければ」
「今日は、水無月を食べる日」
「消し炭を拾いに行こうか」

それらは一見、不要不急の行為です。厄よけのまじないよりも、マスクや手洗いの方が確実に疫病を防ぐとみんな知っています。それでも、その日、その季節がやってきたら、やらずにおれない。「今だけ」「今日しか」できないことを口実に行う慣習が、淡々と続く日々に、句読点のような時間をもたらします。その連なりに、じんときます。送り火の夜、それぞれの生活の隙間に山を眺める人々を思い出して。

京都市内の風景

明日、一輪の紫陽花をつるし、6月の終わりには水無月を食べましょう。

くり返す営みに、あたり前の暮らしや大切な人の無事を願う気持ちが宿っていると、私たちは知っています。

BOOK

無病息災、魔よけ……繰り返される夏の営みが映す、暮らしと祈り〈番外編〉

京都のいいとこ。

大橋知沙さんの著書「京都のいいとこ。」(朝日新聞出版)が2019年6月7日に出版されました。&Travelの人気連載「京都ゆるり休日さんぽ」で2016年11月~2019年4月まで掲載した記事の中から厳選、加筆修正、新たに取材した京都のスポット90軒を紹介しています。エリア別に記事を再編して、わかりやすい地図も付いています。この本が京都への旅の一助になれば幸いです。税別1200円。

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