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パリの外国ごはん ふたたび。
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肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok

連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを配信しています。
《パリの外国ごはん》は、フードライター・川村明子さんと料理家・室田万央里さんが、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。
《パリの外国ごはん そのあとで。》では、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。
今週は、川村さんが心に残るレストランを再訪する《パリの外国ごはん ふたたび。》です。

フランスは、屋外でのマスク着用が必須ではなくなり、レストランの店内での営業も再開された。ノートルダム寺院周辺に行ってみると、一気にツーリストが増えていて、新鮮な気持ちになった。

6月29日にバレエ「ロミオとジュリエット」のチケットを取っていたら、公演前日にSMSが届き、入場に際しての注意事項が書かれていた。“6月29日と30日の公演は、政府の決定により、入場に、ワクチンを2回接種済みの上すでに2週間が経過しているか、48時間以内のPCR検査もしくは抗原検査の陰性証明と身分証明書の提示が必須“。

6月8日にも観劇したが、その時点ではこの必須事項はなかった。私は、ワクチンをまだ1度しか接種していなかったから慌てて抗原検査を受けに薬局へ行き、予約なしでそのまま店の前のテントで検査を受け、20分後にはSMSで結果が出た通知を受け取った。リンク先を開いたら検査結果が表示され、1クリックでCovid-19対策アプリに転送できた(このアプリには、ワクチン接種や検査結果などの公的証明書がまとめてストックされる)。オペラ座では入場時にこのアプリを開き、検査結果として受け取ったQRコードと身分証明書を提示して入場。着々とシステムが改定され、スマホアプリはますます必需品となり、そして街には活気が戻りつつある。

レストランの店内での飲食が可能になったら、最初に行きたい“外国ごはん”のお店は決まっていた。13区にある中華街のはずれで営業するLe Zen(ル・ゼン)だ。窓に“RESTO FRANCO VIETNAM”と記されている通り、入ってすぐの間はカフェなのだけれど、続く奥の間に足を進めるとそこはベトナム食堂で、ひなびた空気が漂い、いつもテレビがついている。

肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok
Le Zen

いや、ついていた。店は閉まっていた。向かいの美容院に確認したら、ずっと閉まっていると言われた。それでも一縷(いちる)の望みを抱えてもう一度見に行った。空気が流れた気配はなく、カーテンが重たく閉まったままだった。

可能性は、頭にあった。だから、最初に行ったのだ。それでもショックは大きかった。あふれんばかりの牛骨でスープを取っていた、小さな厨房(ちゅうぼう)にいささか不釣り合いな大きな鍋が火にかけられていた様子を思い出した。一度夜に食事に出かけたら、やっぱりテレビがついていて、「なんだかお風呂屋さんに行って、その足で帰り道にある中華料理屋さんに寄ったような気分だな」と思った。よくあるタイプの店ではないのに、最初からどこか懐かしさを覚える、心になじむ空気を持つ店だった。ずっと在って欲しかった。

私があの店に行ったのは……と思い返しながら中華街を歩いた。5回だ。確かに家からは遠い。それでも、ずっと在って欲しいと思っていたなら、なんでもっと行かなかったのだろう? そう悔やみながら、フォーを食べにLe Kok(ル・コック)へ向かった。

肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok

あるだろう、と確信に近いものを持ちながらも、やはり実際に店が存在し、営業していることを確認して安心した。初めて訪れたのは20年近く前になる。この店はずっと変わらない。変わったのは私の方だ。この連載を始めてから、1人でフォー屋さんで食事ができるようになった。以前は、勇気が必要で、できなかった。

「1人です」とスタッフの女性に告げると、テラスの端にあるテーブルに案内され、荷物も置かないうちに、男性スタッフがこの店お決まりのアイテムを運んできた。フォーに合わせるもやしとハーブを盛った皿、レモンと唐辛子に甘いペースト状のタレを盛り合わせた小皿、玉ねぎの甘酢漬け、そして茹(ゆ)で肉だ。

肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok

頼むものは、牛肉のフォー全部のせに揚げ春巻きと、結局いつも同じになる。メニューには、“フォー・スペシャル”と銘打ってあるものを“全部のせ”と勝手に呼んでいて、中身は、牛肉のスライス(生と火を通したもの両方)、肉団子、スジ肉、肩ばら肉にトリッパとボリューム満点だ。これで十分おなかいっぱいになる。でもここの揚げたて春巻きを食べたかった。いつもはシェアする。

「ネム(揚げ春巻き)って一皿に幾つですか?」と聞くと「五つ」。若干ためらったのち「もし食べられなかったら……」と言いかけたら「持ち帰りすればいいですよ」。そうします、と答えて、冷たいお茶も、と注文した。

肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok

この店名物(と思っている)の茹で肉を食べようとナイフを手にしたら、春巻きが登場した。この店のはいつだって熱々だ。サイズにちょっとばらつきがあって、手作りと感じられて、それがうれしかった。

レタスにミントを数枚散らし、春巻きをのせて包んで、ひと口。揚げたての皮はバリバリッと音を立てた。具は、粗めの刻み具合で、それがまた好きだ。頼んでよかった!と思いながら、立て続けに3本頬張った。

肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok

そうこうしているうちにフォーが出てきた。麺を優先して、茹で肉は後回し。タイバジルをちぎって散らし、レモンを搾って、唐辛子も数粒。いつもはノコギリコリアンダーもあるけれど、この日はなかった。

最初にスープをひとさじ飲んでから、麺と半生牛肉スライスとタマネギを一緒に口へ運んだ。少し湿度も高い日で、そよ風が吹いて、とてもフォー日和な気がした。

二口目は、トリッパともやしと麺を一緒に、続いてハーブと麺だけで楽しみ、お次は肉団子に甘みペーストをつけてかじり付く。弾力のある小さな塊が口の中で転がるのをわっしわっしと噛(か)んで飲み込み、一息ついた。ひと口ごとに異なる味わいを楽しめる、フォーを食べる時のルーティンに、気分は爽快だ。ここでスープをひと口飲んで、再開。最近、以前にも増して添加物などに敏感になっている私の体も、特にリアクションせず、また、うれしくなった。

肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok

麺を食べ進め、空腹も気持ちも落ち着いてきたところで茹で肉に箸をつけた。毎度思うのだけれど、この茹で肉には、辛子しょうゆが欲しくなるよなぁ。相性抜群に違いない。でも、甘みあるペーストとタマネギ甘酢漬けともおいしかった。唐辛子を加えるとまた表情を変える。

もうひと口分、と肉をそいで、「さて」と、調味料立てに並んだラー油に目を留めた。これはきっと今の私は食べない方がいい。でも、気になる。ほんの少しだけ試してみよう。

肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok

そして1滴だけ垂らした。体が反応するには1滴で十分だった。すかさずカバンの中のティッシュを探した。

それでも、麺を完食し、結局春巻きも全部食べて、おなかも気持ちも、満たされた。表面張力で水がぷっくらと膨らむように、たっぷりと。この店には、これからも通いたいなぁ。

肉団子ともやしとハーブと。一口ごとに感じるフォーの楽しみ/Le Kok

Le Kok(ル・コック)

129bis, avenue de Choisy 75013 Paris

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