&w

このパンがすごい!
連載をフォローする

きらりと光る野菜の甘み。5000人の町で「地産地食」をまわすパン屋 /かまパン&ストア

神山カンパーニュ、クロワッサン

私たちが普段食べているもののほとんどは、どこか見も知らぬ遠いところからやってきた材料でできている。その食べ物は少し安い代わりに、支払った代金は、身近な生産者を素通りして、どこか遠いところへ吸い上げられていく。もしそのことが、農業を持続させることを阻み、耕作放棄地を増やすことや、地域にお金がまわらないことにつながっているとしたら。それどころか、見えないところで使われる農薬や化学合成添加物が私たちの体をむしばんだり、食べ物の本当の味を忘れさせたりしている可能性さえある。

地域の衰退を目の前にして、問題と真剣に向き合い、未来への大きな一歩を踏みだした町がある。徳島県の山の中にある神山町で、2016年にはじまったフードハブ・プロジェクト。地元産の素材を地元で加工、地元の人が食べる「地産地食」の循環をまわしていく。循環の中心(ハブ)になるものとして選ばれたものはパン。パン屋さえなかった人口約5000人の小さな町に、パン屋を作る計画が始動したのだ。

かまぱん&ストア外観
かまパン&ストア外観

芝生の広場に面した二つの建物。1軒は「かま屋」という食堂。もう1軒は、「小松菜」「よもぎ」など、地元の食材を使ったパンが並ぶ「かまパン&ストア」。どちらも、できる限り神山の食材を使って「地産地食」を実現する「ハブ」である。

たとえば、「人参(ニンジン)ローフ」には、フードハブ・プロジェクトが運営する「つなぐ農園」産のニンジンが使われる。ぷりんぷりん弾みながらじゅわーと溶け、ニンジンの香りと小麦の甘さが溶け合って喉(のど)でニンジンスムージーとなる。このパンを食べる醍醐(だいご)味は、予想をはるかに超えニンジンの甘さがきらりと光る(はちみつか?と思うほどに)瞬間にある。その一瞬を求めて次から次へと食べ進んで手が止まらない。そんじょそこらのニンジンでこうなるだろうか? 神山パワーだと思わざるをえないのだ。

人参ローフ
人参ローフ

国産小麦、自家培養したレーズン種、米油など、身近で手に入る材料を使用しながら、神山の人好みの甘く、やわらかいパンを作る笹川大輔シェフの手腕は卓越している。「パンを通じてなにかができないか」と、東京から神山へと移住してきた。

パン屋といえば、シェフの号令一下、スタッフが指示通りに動き回るイメージだが、笹川さんはそうではない。「やりたいなら、やれば?」。スタッフの自主性にまかせる。話し合い、適性を見極め、やりたい仕事を自分のペースでやってもらう。なんなら休んだっていい。そのときは笹川さん自らがフォローしてお店をまわす覚悟がある。スタッフにまかせた結果、クオリティーが下がったかといえばそうではない。

左から、塩田ルカさん、鈴木秀明さん、仁尾佳代さん、笹川大輔さん
左から、塩田ルカさん、鈴木秀明さん、仁尾佳代さん、笹川大輔さん

「自分の好きなことなら仕事に責任がもてると思うんです」

ニンジンをオーブンでローストし人参ローフに練り込むのは仁尾佳代さんの役目。日々微妙な変化に合わせニンジンの火加減、焼き具合、刻む粗さを調整する。そんなことに自分から打ち込めるのも、野菜が大好きな人だからだ。

このニンジンは、「松本ニンジン」と呼ばれる。農業を志して大阪から移住してきた松本直也さんが中心となり、無農薬、無化学肥料で栽培。耕作放棄地や高齢化で担い手がいなくなり引き継いだ農地を活用、そこで作物を生産することで農地を守っている。

「つなぐ農園」でにんじんを収穫する松本直哉さん
「つなぐ農園」でニンジンを収穫する松本直也さん

移住してきたメンバーが多いフードハブ・プロジェクトがはじめから地元に受け入れられていたわけではない。畑はもちろん他の生産者に見られている。きちんと農産物が生産されるのを見、パンなどに加工されたものを食べる機会があり、信頼が積み重ねられてきたのだ。

「がんばってやっとんな。わしが農業をできんようになったら土地を借りてな」と年配の生産者から声をかけられるようになった。「それまでにしっかり力をつけときますから」と松本さんは答える。生産者の多くが高齢者。大量の耕作放棄地が生まれるときまで時間がない。「自分たちが力をつけたら、そのときに代わって耕作できる。安心して貸してもらえる状態ができたらいいな」

刈り取りを終えた小麦畑にて。笹川大輔さんと農業チーム・松本直也さん
刈り取りを終えた小麦畑にて。笹川大輔さんと農業チーム・松本直也さん

フードハブ・プロジェクトは、パンを作るのに欠かせない小麦の生産も復活させた。神山ではかつて麦味噌(みそ)や醬油(しょうゆ)作りのために小麦が作られていた。いつしか生産は途絶えながらも、種だけは70年にもわたって自家採種され、継がれてきたのだった。それを倉庫から引っ張り出し、神山小麦と名付けて栽培。いっしょに育てたいくつかの品種のうちもっとも良好な生育を示したのは神山小麦だった。長年継いでいるうち、この神山の地に適合していったのだろう。食育の一環として城西高校神山校の生徒たちとともに整備した畑でも栽培されている。

自家製粉した神山小麦全粒粉を20%入れた「神山小麦のクロワッサン」が絶品である。小麦の粒の粗さがざくざく感を生み、さらには濃厚な風味へとつながっている。ふすまの香ばしさは、かえってバターの甘さを引き立て、まるでバニラを入れているようにさえ感じられるのだ。

神山小麦のクロワッサン
神山小麦のクロワッサン

素朴で心地いい、薄いパイ生地を重ねたような厚めの層。手回し式のシーター(生地を伸ばしバターを折り込むための機械)によってこれを折り込んでいるのが、熟練のパン職人ではなく、城西高校神山校の生徒・中野千代実さんだと知って驚いた。中野さんは放課後、かまパンにやってきて、部活みたいにクロワッサンを折る。それは楽しい時間であり、パティシエになりたいという夢につながる時間でもある。

「いつもの食パン」は、かまパンの代名詞ともいえる人気商品。もちもち、ぽわんぽわんと弾む。レーズン種由来のヨーグルトのような甘さ、ミルキーさが芳醇(ほうじゅん)に放たれ、小麦の風味に寄り添うのだ。トーストするとばりばりに。甘すぎないゆえに、毎日飽きず食べつづけられる。

いつもの食パン
いつもの食パン

いつもの食パンが人気になる一方、スーパーで売っている食パンに慣れた神山の人たちからは「あそこのパン、硬いな」という声が聞かれるようになった。神山のあらゆる人たちに食べてもらうことを第一に考える、フードハブ・プロジェクト支配人の真鍋太一さんは、「不特定多数ではなく、特定多数」とその声に向き合った。開発を担当する塩見聡史さん(パン屋塩見)にこう指令を出したのだ。

「飲める食パンを作って」

そして誕生したのが、水の代わりに牛乳を100%使用した「超やわ食パン」。ぽわんと弾みつつ、簡単にほどけて、溶ける。圧倒的なミルキーさ。そこには牛乳のミルキーさとともに小麦の旨味(うまみ)が溶けている。さわやかな甘さはたしかに、ごくごくと飲めるように喉へと流れ下りていく。

超やわ食パンは特に、硬いパンに食べ慣れないお年寄りに熱烈な支持を受け、「いつも派」と「超やわ派」が並立する事態に。二つの食パンはそれなしでは朝を迎えられないような。神山の日常を支えるものとなった。

ドーナツと総菜パン
ドーナツと総菜パン

畑で素材を育て、加工し、パンにする。そのすべてを「どこか遠いところ」に頼っていた町が、すべてを町民の手で行ったとき、どうなったか。地元だけでなく、隣の徳島市や香川、兵庫など県外からも客が訪れる人気店となった。雇用が生まれ、素材の購入費用として生産者にお金がまわり、その人たちが自分たちの育てた素材で作られたパンを買いにくるという循環が生まれた。まさにかまパンが「ハブ」になったのである。

自分のことを自分でするとき、疲れるかと思ったら、逆におもしろくなり、やっているうちに元気が出ていた、という体験はないだろうか。いちばん大事な食べ物のことを、誰かにまかせきりにしている私たち。自分たちの食べ物を入り口から出口まですべて自分の手で作りはじめた神山。そのためだろうか、森の中の小さな町に、元気があふれているように感じられた。

かまパン&ストア
徳島県神山町神領字北190-1
088-676-1077
9:00~18:00
月・火曜休(祝日は営業)

フォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)
「このパンがすごい!」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)

池田さんからのお知らせ

『パンのトリセツ』(誠文堂新光社)が発売中です。サブタイトルは「知ればもっとおいしくなる! 切り方・焼き方・味わい方」。食パンはもちろん、バゲット、カンパーニュなどのハード系、イタリアパン、イングリッシュマフィン、ベーグルなどの食べ方を徹底解説した本です。あなたのパンライフをもっと楽しくする一冊。ぜひお買い求めください!

REACTION

LIKE
COMMENT
0
連載をフォローする

SHARE

  • LINEでシェア

FOR YOU あなたにおすすめの記事

POPULAR 人気記事

※アクセスは過去7日間、LIKE、コメントは過去30日間で集計しています。

RECOMMEND おすすめの記事

&MEMBER限定の機能です

&MEMBERにご登録(無料)いただくと、気に入った記事に共感を示したり、コメントを書いたり、ブックマークしたりできます。こうしたアクションをする度にポイント「&MILE」がたまり、限定イベントやプレゼントの当選確率が上がります。

&MEMBERログイン

ID(メールアドレス)
パスワード

パスワードを忘れた方はこちら

&MEMBER登録はこちら

&MILEの加算アクション

  • &MEMBER新規登録:100マイル

    *今後、以下のアクションも追加していきます

  • 朝日新聞デジタル有料会員の継続:100マイル
  • ログインしてサイト訪問:10マイル
  • 記事に「LIKE」を押す:10マイル
  • コメントの投稿:30マイル
  • 自分のコメントに「LIKE」がつく:10マイル
  • アンケート回答:30マイル
  • 「朝日新聞SHOP」での購入:50マイル
  • イベント申し込み:50マイル

&MILEの獲得数に応じてステージがあがり、ステージがあがるごとに
&MEMBER限定のイベントやプレゼントの当選確率が上がります。詳細はこちら