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〈164〉理想の読書空間を求めて静かに進化 「本の読める店 fuzkue」

この「book cafe」という連載が始まったのは2014年10月のこと。以来、164回にわたってさまざまな店を紹介してきた。店が「ブックカフェ」と名乗っていなくても、店内に本があり、そこでコーヒーやお酒、フード類を味わいながらくつろげる空間であれば、とゆるやかな枠組みで取材を続けてきた。

「fuzkue(フヅクエ)」(初台)も、「一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店」として2015年12月に紹介した。あれから5年半が過ぎ、「本の読める場所」として驚くべき“進化”を遂げていた。店内の造りなど、見た目が変わったわけではない。話し声や雑音を極力抑えた空間作り、長時間でも気兼ねなく読書に没頭できる料金体系など、運営方法がブラッシュアップされていったのだ。

「初台の店を作った当初は、読書を中心に据えながらも、読書に限らず一人の時間を過ごす人全体を応援するような気持ちでした。だけど、本を読みに来てくれた方にとっての満足を最大化しようと追求していったら、仕事や勉強など他のものと共存させるのが難しくなり、気付いたら読書だけになった、という感じですね」

そうオーナーの阿久津隆さん(36)は話す。私たちが本を読む空間は、自分の部屋、通勤途中、好きなカフェ、移動中の飛行機の中などさまざまだろう。確かに手元に本さえあれば、どこでも読書の場となりうる。しかし、そこが読書に最適な場所か、と問われるとどうだろうか? 阿久津さんはひとりの読書好きとして、本を快適に読み続ける場所とはどんな環境か、その場所たりうるには何が必要かなど、考えを深めていくようになった。

〈164〉理想の読書空間を求めて静かに進化 「本の読める店 fuzkue」
短編小説のようなボリュームの「案内書きとメニュー」(初台店)

「fuzkue」に入って席に着くと、「案内書きとメニュー」という深緑色の冊子が渡される。約50ページの冊子にはドリンクやフード類の解説付きメニューとともに、店を利用する上での案内を掲載。この店を「愉快な読書の時間を過ごしたい」と思って来た人にとっての最高の環境の実現を目指して設計、運営していること、そのためにパソコンやペンの使用、勉強や仕事、執筆目的の利用、会話、写真撮影などで協力を求める点があることを、阿久津さんが語りかけるような文章で丁寧(ていねい)に説明している。

本を読みに来る親愛なる人に、言葉の花束を

「読書をする方の快適さを守るために、パソコンの利用はご遠慮いただくなど、一つずつ調整していきました。意識したのは、言葉を花束のように使うこと。ルールというのは、『おしゃべりは禁止』というように禁止や警告の表現になりがちです。でも、本来言葉を向けるべき相手は、この場所に本を読みに来てくれた親愛なる人たちのはずです。そのことに立ち返ったとき、警戒した言葉ではなくて、明るくて前向きな言葉を使う大切さに気が付きました」

「fuzkue」の会計の仕組みも、独自の進化を遂げていた。カフェならば注文したドリンクやフード類の値段が利用料になるが、滞在が長時間になると「そろそろ次のドリンクを頼んだ方がいいかも」と思ったり、混雑してきたら「店を出たほうがいい?」と気になったりするもの。だから、オーダーの料金と変動する席料を組み合わせる仕組みを考えた。

〈164〉理想の読書空間を求めて静かに進化 「本の読める店 fuzkue」

「気兼ねなく長居できて、店としてもお客さんを歓迎し続けられるための方法として考えました。ご注文内容に応じてお席料が変わって、だいたい2000円前後に収斂(しゅうれん)するようになっています。4時間を超えると別途席料が発生しますが、どれだけ長くいても気にせずに過ごせるようになっています」

このように「本の読める場所」が確立されつつあった2020年4年、下北沢の商業施設「BONUS TRACK」内に「fuzkue」の2号店をオープンした。下北沢の人気新刊書店「本屋B&B」共同経営者の内沼晋太郎さんが阿久津さんに声をかけて実現。同時に「本屋B&B」もここに移転してきた。

「本を買ったときのワクワクした気持ちのまますぐに読める場所があったらいいよね、と常々思っていたので、書店のすぐそばにつくれたことは、ひとつの夢が叶(かな)った感じでした」

店舗が増え、運営方針にも変化が

初台はオープンして5年以上が経過し、客も「fuzkue」がどういう店なのかを知って来店することが多くなっていたが、複数の店舗が入る「BONUS TRACK」では、全く知らずに訪れる人のほうが多い。そのためオープン当初、阿久津さんは強い警戒心を抱いていたという。

〈164〉理想の読書空間を求めて静かに進化 「本の読める店 fuzkue」

「だけど次第に、『だいたいみんないい人なんだよな』と思うようになって(笑)。だったらいつか、その人が本を読みたくなった時に思い出してもらえるように、もっと開いた気持ちで接したほうがいいな、と考えるようになりました。下北沢での出店は僕の意識を変えることになり、『fuzkue』という店自体はまだまだ変わる余地があったことに気付かされました。また、本の読める店としてより先鋭化していったことで、むしろより軽やかに振る舞えるようになった、という逆転現象が起きていくのを感じました」

初台ではいかに気兼ねなく、長時間滞在してもらうかということに主眼を置いてきたが、下北沢での経験から、「どんな場所か試してみたい」「軽く読書を楽しみたい」という人のために「一時間フヅクエ」という1時間だけ過ごせる料金体系も新たに設けた。

そして、2021年6月には、西荻窪に初のフランチャイズ店がオープンした。JR西荻窪駅北口から歩いて12分のマンションの半地下。オーナーの酒井正太さん(34)は、阿久津さんの著書『本の読める場所を求めて』(朝日出版社)で「fuzkue」を知り、初台での研修を経て、出店することになった。

〈164〉理想の読書空間を求めて静かに進化 「本の読める店 fuzkue」

「明確に意識したのは、『街にちゃんとあいさつすること』。初台は、街とは全然ちゃんと関係することができないまま、ここまで来ちゃいました。下北沢での気づきがあり、そして、外に開いても崩れない強固さを身に着けたという自信から、西荻窪は街にかわいがってもらえるような店にしていきたい、と」(阿久津さん)

オープン前には店周辺の住宅にチラシのポスティングを行ったことも功を奏して、想定以上の人が訪れたという。

「どんな店なのかを知らない方々が来て、説明をしてもキョトンとされるようなことが起こるのではないかという不安もあったのですが、いざ開店してみたら、みなさんびっくりするくらいすんなりと過ごしてくださって。『こんな場所を作ってくれてありがとうございます』と言ってくれたりもしました。地元の書店のカバーをつけた本を読んでいる人を見かけると、うれしくなりますね」(酒井さん)

西荻窪では、入り口を入ってすぐのところに計4人が座れるソファスペースを用意した。初台と下北沢にはない試みだという。

「相席という状況をつくってみたかったんですよね。前を通るときに会釈するとか、一瞬のやり取りがあるのも結構いいものなんじゃないかと思って。あと、この席には雑誌も置いているのですが、普段は本を読むわけではないという人でもここで1時間読んで、こういう時間もいいものだなと思ってもらえたら、すごくうれしい」(阿久津さん)

「本を読める場所」が増えれば世界は豊かになる

阿久津さんは著書『本の読める場所を求めて』で、40ページにわたる「ブックカフェ」についての考察の中でこう記した。

ブックカフェとは「本のあるカフェ」のことで、主だった機能は「本と出会う」「人とつながる」ということだった。「本を読む」という言葉はここにはない。

本の読める場所を求めて

「本のある空間」が必ずしも「本を読むための空間」というわけではないという指摘だ。

「下北沢のオープン準備中、本棚はなくそうかな、とも考えました。『ブックカフェとは一線を画するよ』という幼い反骨心というか(笑) でも、やっぱり本に囲まれて働きたいなあって(笑) 本がたくさん集まると、自然物に近づくような気がしています。本棚が持つ気が遠くなるような無限性みたいなものは、自然の風景に通じるものがあると思います。森とか海とかみたいな」

〈164〉理想の読書空間を求めて静かに進化 「本の読める店 fuzkue」

阿久津さんは一人の読書好きとして「本の読める場所」を創(つく)り、そこに共感する人が集まり、一つひとつ店が増えていった。

「共感してくれる人が増えると可能性が広がることを痛感しています。もちろん、本を読むことに特化した場所を必要としない本好きの人だってたくさんいることは言うまでもないことですが、そんな場所がない世界よりはある世界のほうが、回り回って、読書という文化そのものにとってもいい影響があるんじゃないかなと思います。だからこれからも、いろいろな人たちと一緒に、本の読める場所をつくっていけたら楽しいなと思っています」

〈164〉理想の読書空間を求めて静かに進化 「本の読める店 fuzkue」
阿久津隆さん(左)と、西荻窪店オーナーの酒井正太さん

大切な一冊

富士日記』(著/武田百合子)

夫の作家・武田泰淳と過ごした富士山麓(さんろく)での13年間をありのままに綴(つづ)った日記。「現代の日記文学の傑作」とも称されている。

〈164〉理想の読書空間を求めて静かに進化 「本の読める店 fuzkue」

「4年前の夏に読みました。読み始めたのは円山町の焼肉屋で、大雨の日でした。神保町の喫茶店で読んだやはり雨の日のこと、その一日。新宿の書店の外壁にもたれて読んでいたときのこと、そのとき読んでいた場面。とうとう終わってしまった瞬間、あっ、と言って布団から出てベランダでしばらく泣いていたこと。またいつか、新しい記憶を付着させながら、いろいろな場所で読みたいです」(阿久津さん)

(メニュー冊子以外の写真はいずれも西荻窪店)
「book cafe」は今回で終わります。ご愛読ありがとうございました。


フォトギャラリーへ(下の写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)

本の読める店fuzkue 初台
東京都渋谷区初台1-38-10 二名ビル2F
本の読める店fuzkue 下北沢
東京都世田谷区代田2-36−14 BONUS TRACK
本の読める店 fuzkue 西荻窪
杉並区善福寺1-2-1シェモア西荻101号
https://fuzkue.com/

「book cafe」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)

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