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ニッポン銭湯風土記
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近江鉄道で行く、東海道・旧水口宿とミニ銭湯 滋賀「清水湯」

東海道・旧水口宿、道が三筋に分かれて再び合流する街並みにひっそりと溶け込む清水湯=滋賀県甲賀市

旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。

硬券を手にローカル線にガタゴト揺られ

地方の小都市で銭湯が消えてゆくことと、鉄道のローカル線が消えてゆくことは、同じ時代の流れの中にある。だからもしもローカル線での旅先で昔ながらの銭湯に入れたとしたら、それは今や貴重な経験だ。 

滋賀県湖東・湖南地区を走るローカル私鉄・近江鉄道=水口城南駅
滋賀県湖東・湖南地区を走るローカル私鉄・近江鉄道=水口城南駅

JR草津線の貴生川(きぶかわ)駅で近江鉄道に乗り換えると、それまでのJR線のスムーズな走行から一変して、古びた車両は絶え間なくガタゴトと左右に揺れながらゆっくりと走る。その振動や音はどこかかわいらしさが感じられ、久しぶりのローカル線の旅気分を盛り上げてくれる。

近江鉄道のきっぷはいまだにいわゆる硬券。これを持って揺られていると、時間をさかのぼってゆくような錯覚に陥る
近江鉄道のきっぷはいまだにいわゆる硬券。これを持って揺られていると、時間をさかのぼってゆくような錯覚に陥る

一駅目の「水口城南」で下車。ここ滋賀県甲賀市水口(みなくち)はかつて東海道の50番目の宿場町であり、水口藩の城下町でもあった。その町なかに清水湯という小さな銭湯がたった1軒残っている。

街道筋の城下町、出丸のみ復元された水口城跡

清水湯へ行く前に少し水口の町をうろついて行こう。駅の近くの水口神社は森と水路に囲まれた大きな神社で、物部氏系の地域の祖神がまつられている。拝殿で「酔小町」と書かれた奉納酒だるを取り換えている人がいた。近くにこの酒を造っている酒蔵があるのかな?

駅の反対側へ行くと、深い堀に石垣の映える水口城跡が現れる。この城は三代将軍徳川家光の上洛(じょうらく)時の宿館として築城されたが(1634年)、贅(ぜい)を尽くした本丸御殿はそのとき一度使われたきりでそのまま明治維新を迎え、解体されて高校のグラウンドとなった。なんとももったいない話だが、正方形の本丸から飛び出た小さな出丸部分だけが地域の歴史を残すために丁寧に復元され、矢倉(櫓=やぐら)を模した資料館が作られている。これもなんだかかわいらしい。

復元された水口城の出丸と資料館
復元された水口城の出丸と資料館

だが水口の城下町の歴史はもっと古い。資料館の2階に登ると、すぐ近くに古城山という小高い丘が見える。水口城築城より前、戦国時代に秀吉の命でその丘の上に水口岡山城が築かれ、城の南麓(なんろく)を通る東海道に沿って、三筋に道が分かれる町割りの城下町が作られた。

水口城資料館の2階から古城山の水口岡山城跡を望む
水口城資料館の2階から古城山の水口岡山城跡を望む

関ヶ原の合戦ののち水口岡山城は廃城となったが、江戸幕府によって東海道が整備されると、三筋の城下町は宿場町に衣替えして繁栄を続けた。この三筋の町割りは今もそのまま残っている。そして清水湯もそこにある。

百年食堂、中華そばとすし類の「黄金セット」百年食堂

歩きまわるうちにおなかがグーグー鳴り出した。水口城跡の北側はかつて水口藩の武家屋敷などが配置され、そこだけ旧東海道が不自然に迂回(うかい)する形になっている。そのエリアにひときわ古びた食堂を発見。一目見て心のセンサーがビクっと反応した。

森下屋。9:00~18:00、不定休
森下屋。9:00~18:00、不定休

入ると広い空間に椅子とテーブルが並び、壁のお品書きには安価な麺類・丼物とともに寿司(すし)メニュー。寿司屋が幅を広げて大衆食堂化したパターンのようで、100年以上続いているらしい。こういう店にはたいてい中華そばと寿司類のセットがあり、私はそれを「黄金セット」と呼んでいるのだが……あった!

森下屋の「中華定食」950円
森下屋の「中華定食」950円

中華そばは正統派の懐かしい味わいで、やや甘めのスープが寿司に合う。いや~これは満足。思わずビール大瓶も頼んで腹いっぱいになった。

三筋に分かれ、再び合流する東海道

店を出て東海道を一路江戸方面へ、古城山のふもとの三筋町へ向かう。水口石橋駅の踏切を渡ると正面にからくり時計が設置され、そこで道が鶏の足先のように三つに分かれている。ここが三筋町の始まりだ。

三筋の古地図。甲賀市水口歴史民俗資料館収蔵
三筋の古地図。甲賀市水口歴史民俗資料館収蔵
かつて石橋があった場所から三筋に分岐する。中央が旧東海道
かつて石橋があった場所から三筋に分岐する。中央が旧東海道

三本の道は50mほどの間隔を保ちながら約1kmにわたって並行し、東の端で再び1本にまとまる。古城山の南麓に寄り添う細長いカプセルのようだ。その真ん中を通るのが旧東海道で、清水湯は南の筋にある。今日は清水湯へ行く前に、このまましばらく東海道を歩いてみよう。

この道はかつてアーケードのある商店街だったらしいが、今や商店はまばらで空き地も目立つ。典型的な地方小都市の現実だ。歩くにつれ、宿場町を感じさせる古めかしい呉服屋などがポツポツと現れる。三筋町の中ほどで、ふと酒瓶が目に入って足が止まった。笑四季(えみしき)酒造という100年以上続く蔵元のようだが、見た目あまり酒蔵っぽくない。入ってみると一升瓶がズラリ……ということもなく、すっきりとした店内の小ぶりな冷蔵庫に酒瓶が数種類入っているだけだ。

近江鉄道で行く、東海道・旧水口宿とミニ銭湯 滋賀「清水湯」
(写真左)旧東海道に面した笑四季酒造(右側の建物)。宿場町の風情が残る(同右)冷蔵庫に並ぶ個性的な日本酒

それらはすべて純米酒で、しかも「センセーション」などネーミングやラベルがどれも一風変わっている。興味を引かれて、ブドウの香りがするというワインボトルっぽいのを1本買ってリュックに押し込んだ。

宿場町の風情と、散在する酒蔵

東海道はやがて南北で並行していた道と合流し、三筋の町が終わる。

三筋町が1本に収れんする場所には、かつての高札場が復元されている。左が旧東海道(この先すぐに南の筋と分岐)
三筋町が1本に収れんする場所には、かつての高札場が復元されている。左が旧東海道(この先すぐに南の筋と分岐)
NEXT PAGE小さくても堂々、レトロな町家造りの平屋銭湯

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