坂手洋二の「世界は劇場」
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時代に向き合うために必要な表現だった 現在の視点で捉える「カウラ大脱走」

『カウラの班長会議 side A』のラストシーン/燐光群提供

社会的テーマに切り込み、異彩を放つ舞台作品を世に送り出してきた劇作家・演出家の坂手洋二さんが森羅万象を論じるコラムです。

今回の主題は「カウラ事件」。1944年、豪州で捕虜になった日本兵ら約1千人が一斉に脱走を図った出来事を追ったドキュメンタリー映画『カウラは忘れない』(満田康弘監督)が公開されたことを受け、親交のある満田監督との出会いや、カウラ事件を舞台にした戯曲について思いを綴(つづ)ります。

永瀬隆さんを撮り続けた満田康弘さん

ドキュメンタリー映画『カウラは忘れない』が公開される。

瀬戸内海放送のディレクターである監督の満田康弘さんとは、同年輩ということもあり、ここ数年、親しくさせていただいている。

どうやら私はテレビドキュメンタリーのディレクターにその作品を「映画にしなさい!」とたきつける習性があり、考えてみればヘリパッド建設反対闘争を中心に沖縄・高江の人々を描いた三上智恵監督『標的の村』も、そうだった。

『標的の村』は40分のオリジナル番組が完成度の高いものだった。長編映画の尺にするために何を付け加えるかで三上監督も悩んでいたのではないかと思うが、オスプレイ配備に抗議する市民による「普天間基地封鎖」が起きた。その模様を撮影したほやほやの映像を関係者たちと直後深夜に見て、これはもうすごい映画ができると震撼(しんかん)した。日本でドキュメンタリー映画の存在意義を大きく高めた『標的の村』誕生秘話である。

太平洋戦争中、泰緬(たいめん)鉄道の建設工事に陸軍通訳として関わり、戦後一貫して捕虜やアジア人労務者の犠牲者の追悼と平和活動に半生を捧げた故・永瀬隆さん。満田監督は、彼を20年にわたって撮影し、何本も番組を作った。『標的の村』の成功を実感した私が「それらをまとめて一本の映画にするべし」と繰り返し言ったことが背中を押したらしく、映画『クワイ河に虹をかけた男』が完成した。

永瀬さんをモデルにした人物を真田広之さんが演じた劇映画『レイルウェイ』も公開されたが、真田さんの熱演にもかかわらず、あの映画だけでは、永瀬隆像は幾ばくかの誤解を含んだまま歴史に残されたかもしれないと思う。永瀬さんの戦後の努力と貢献は、タイでも深く理解され、クワイ河の川辺には現地の人々が建てた彼の銅像が残されている。日本でそのことを知る者はもっと少なかったはずだ、満田監督の映画がなければ。

時代に向き合うために必要な表現だった 現在の視点で捉える「カウラ大脱走」
満田康弘さん

今回の『カウラは忘れない』は、私と満田監督の出会いのきっかけである、近代史上最大の脱走事件となった「カウラ(大脱走)事件」を描いたものだ。7年前の、「カウラ事件」70周年記念行事が、その中心として取り上げられている。

第2次世界大戦という過去の戦争について、「現在形」で映画にしようとする試みだ。製作中、助言させていただく機会を得て、ナレーションをなくすことなどを提案した。編集を重ねた結果、観客の想像に委ねる部分が膨らみ、見事に「映画」になっていった。そして、慰霊祭などを含んだその「カウラ事件」70周年記念行事のオープニングで、燐光群が上演した『カウラの班長会議 Side A』をより大胆に引用することで、テーマが明確になっていったと思う。

カウラ墓地で受け取った「宿題」を演劇に

『カウラの班長会議』という劇で描かれるのは、オーストラリア・カウラ捕虜収容所で、1104人の日本兵捕虜が集団脱走を遂げた事件である。収容所跡地の近くに、事件の犠牲者234人を含む522人の死者の墓がある。戦時中オーストラリアで死亡した日本人の遺骨もカウラに集められ、現在のような墓地ができたのは、1964年11月だ。

私が初めてその地を訪れたのは2005年。メル・ギブソンやケイト・ブランシェット、ジェフリー・ラッシュら世界で活躍する俳優を多く輩出したオーストラリア国立演劇大学(NIDA)のゲスト演出家として、「卒業公演」の指導のためシドニーに滞在していたときのことだ。

初めて訪問したカウラのその墓地には、奇麗な芝生に、まったく同じ色のプレートが何列か並べられていた。プレートにはアルファベットの文字と数字が刻まれており、私はそれがローマ字の日本名であること、記された数字が「5-8-1944」という、まったく同じ数列であり、それが百と並んでいることに気づいた。「5-8-1944」は日付である。1944年8月5日。「カウラ・ブレイクアウト」で亡くなった人たちの命日だ。

時代に向き合うために必要な表現だった 現在の視点で捉える「カウラ大脱走」
カウラにある日本人戦没者墓地。捕虜収容所の捕虜のほか、豪州各地の民間人収容所で亡くなった人たちの遺骨が1964年に集められた=カウラ、小暮哲夫撮影(朝日新聞社)

カウラの住民や退役軍人たちは、自国の兵士同様に、日本兵を手厚く葬った。事件で犠牲になったオーストラリア兵たちの墓地が隣にある。日本兵の墓の幾つかは、名前のないプレートであった。アンノーンソルジャーズ、身元不明の墓たち。捕虜たちは、名前があっても偽名を通した人もいたはずなので、ひょっとしたらその遺族の方々も、彼がカウラに来た事実さえ知らないということがありうる。

帰還した捕虜体験者の半数以上が、妻子にすらその事実を隠していたのだ。それほど多くの人たちがほとんど同時に命を落とすというのがどういうことなのか、想像はできるが、真の意味では理解できない、という気がした。

その時墓地で受け取ったと感じた大きな宿題に、この劇でようやく向き合い、オーストラリアの俳優たちと協働する新バージョン『カウラの班長会議 Side A』を製作した。

『カウラの班長会議 Side A』は、カウラ脱走事件70周年記念式典のハイライトとして、8月1日・2日、当地のカウラ・シビックセンターで上演され、その後キャンベラ、シドニーを巡った。

『カウラの班長会議』は時代に向き合う表現

時代に向き合うために必要な表現だった 現在の視点で捉える「カウラ大脱走」
映画『カウラは忘れない』の一場面から。オーストラリアのカウラにあった捕虜収容所/©瀬戸内海放送

日本は先の大戦でオーストラリアに侵攻した国である。それを知らない日本人も多い。

シドニーの港湾には、3隻の日本軍の特殊潜航艇が潜入、攻撃の跡が残っている。ダーウィンの町も日本軍の空爆を受けた。そして、「カウラ事件」以前に、日本軍がオーストラリア兵の捕虜を虐待していた事実は、日本ではほとんど知られていないが、かの国では「カウラ事件」とともに戦争の「狂気」の象徴とされ浸透している。逆に、カウラ収容所の日本兵捕虜たちは厚遇を受けていた。なのにあの「脱走」事件は、起きてしまった。

他国と日本の戦争観は根本的に違っていた。日本の軍人は自分が「負けたとき」や「捕虜になったとき」のことを想定していなかった。「生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けず」という戦陣訓の教えに従えば、大日本帝国の兵士に、捕虜は一人もいてはならなかったのである。

日本の捕虜たちは「ハット」と呼ばれる宿舎ごとに班をつくり、選挙で班長が選出された。そして各班で相談の上、「班長会議」と呼ばれるミーティングで、脱走計画を実行するか否かの多数決投票を行った。いっけん民主的に思われる投票や会議、しかしその「班長会議」という響きが、実にむなしく感じられた。日本兵たちの過半数が、「脱走する」ことに「○」をつけたのだ。

タイトルは『カウラの班長会議』にしようと、この初のカウラ行きの帰り道、既に決めていた。

『カウラの班長会議』を創作していた当時、安倍政権は集団的自衛権の解釈変更を図り、後に「憲法違反」との批判が巻き起こった法案を打ちだそうとしていた。

既に日米同盟の運用方針について、米国側からの負担要請に応じて「周辺事態安全確保法」(1999年)や「テロ対策特別措置法」(2001年)などが成立していた。この劇の上演は、時代に向き合う表現として、必要なことだと感じていた。

私がNIDAの卒業公演で指導したSonny Vrebac、Baylea Davisの二人も出演してくれた。Sonnyはボスニアで生まれた。子供のころ戦禍を逃れてタスマニアに移住し、やがてシドニーでNIDAに入ったのだ。「僕は子供のころに、人間が戦争という行為に手を染めうるという事実を目の当たりにした」と、彼は言う。自分は白人であるが、マイノリティーであるという意識を持ち、「自分がなぜこの国にいるのか」を考えているように思われた。

時代に向き合うために必要な表現だった 現在の視点で捉える「カウラ大脱走」
『カウラの班長会議 side A』でトニー役を演じるSonny Vrebac(写真右)/燐光群提供

オーストラリアに行く前に国内ツアーがあった。『カウラの班長会議 side A』神戸公演の昼の部には、劇中で「竹富兵長」のモデルにさせていただいた、立花誠一郎さんが、岡山のハンセン病療養所「国立療養所邑久光明園(おくこうみょう)」から、見に来てくださった。

立花さんは、カウラの捕虜収容所では、ハンセン病罹患のため「独立テント」に収容されており、他の捕虜たちと一緒に「出撃」に加わることはなかった。劇中では、じっさいに手先が器用で、捕虜として手に入るものだけでトランクを幾つか作り上げた立花さんの史実をお借りして、「竹富兵長」の作り上げたトランクを捕虜たちが見るシーンがある。

「竹富兵長」と友情を育んだ「北野」が、いよいよ最後に「出撃」する直前、そのトランクに一礼し、抱える。登場人物たちは、「私は病気も、名誉の負傷の一つだと思います。」という言葉に、深くうなずくのである。

時代に向き合うために必要な表現だった 現在の視点で捉える「カウラ大脱走」
「竹富兵長」の作り上げたトランクを見る捕虜たち/燐光群提供

最前列、車椅子の立花さんの目の前で、その場面が演じられた。立花さんからは「目頭が熱くなりました」というお言葉をいただいた。岡山で、立花さんが亡くなった戦友たちのことを「かわいそうでしかたがない」と言われるのを聞いたことを、思い出した。考えてみれば立花さんは、自分が体験したことが70年後に劇になったものをご覧になったわけである。

時代に向き合うために必要な表現だった 現在の視点で捉える「カウラ大脱走」
立花誠一郎さんを囲んで/燐光群提供

5日間にわたる〈カウラ大脱走70周年記念イベント〉の初日。開会式の式典を終えた人々が大挙して劇場に移動してきて、開演となった。字幕付きの日本語上演だが、観客は大いに沸き、日本以上に笑いに包まれていた。一人一人の日本兵の個性が届いたということでもある。オーストラリア側の犠牲者のご遺族も含め、脱走事件にさまざまな関わりのある人たちが見に来てくださった。

その後のレセプションで私もあいさつした。オーストラリアでは時々、霊感の強い人に出会うことがあるのだが、カウラ在住の複数のスピリチュアルな方々が、レセプション会場であいさつしている私の傍らに「20歳か21歳くらいの日本兵が寄り添っていたのが見えた」という。その日本兵が「自分たちは喜んでいることを伝えるように」と言っていたというので、翌日それが私に伝えられた。

話が飛躍するようだが、歴史上、互いに未知の社会・文化に属する者たちが出会うのは、どのような時だろうか。異世界どうしの交流は、そもそも相互のフレーム自体が異なる場合、「出会う」という、生やさしい形を取らない。極端に言えば、そのもっとも大きな「出会い」の機会は「戦争」である。そして「占領」「支配」。「戦争」という武力のみでなく、宗教・経済による蹂躙(じゅうりん)もその範疇(はんちゅう)に入る。

「戦争のできる国」であろうとし、「戦争のできる人間」を育てようとしてきた日本という国のゆがみは、現在も続いている。この<side A>上演は、その問題意識を二つの国の中で共有することの出来る機会となった。

多くの方々とのご縁で成立した芝居であった。満田監督の映画『カウラは忘れない』で、より多くの人に「カウラ事件」のことを知ってほしいという思いがある。映画の公開に合わせて、『カウラの班長会議 Side A』の戯曲本も出版される(松本工房刊)。興味のある方にはご一読いただけると幸いである。

作品情報
時代に向き合うために必要な表現だった 現在の視点で捉える「カウラ大脱走」

『カウラは忘れない』

監督 満田康弘
撮影 山田寛
音楽 須江麻友  
MA 木村信博  
EED 吉永順平
CG 斎藤末度加 南真咲 渡辺恵子 小林道子
通訳 スチュアート・ウォルトン 清水健
協力 国立療養所邑久光明園 山陽学園 
Theater company RINKOGUN 燐光群 坂手洋二 山田真美 田村恵子 
カウラ事件70周年記念行事実行委員会
資料提供 オーストラリア戦争記念館 国立駿河療養所 
後援 オーストラリア大使館
製作 瀬戸内海放送
配給 太秦 

【2021/日本/DCP/カラー/96分】 2021年8月7日(土)より、ポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開

▼公式HP
www.ksb.co.jp/cowra/

▼公式Twitter
@cowra_wasurenai

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