大御所シェフのいつものごはん
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「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」

小島マサヒロ撮影

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす連載「大御所シェフのいつものごはん」。

今回紹介するのは、2018年に開店した小田原の「麦焼処 麦踏」。洋菓子界の大御所、本橋雅人シェフが通うお気に入りのパン屋です。おいしさの秘密を探りにお店を訪ねました。

今回の大御所シェフ

「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」
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PROFILE
本橋雅人

1958年、埼玉県生まれ。幼少時から自分の誕生日にはケーキを自分で買いに行くほど洋菓子にこだわりがあった。高校時代は強豪校でラグビーに打ち込み、卒業後パティシエを志して調布「スリジェ」、成城「マルメゾン」で修業。26歳より銀座「カフェブラン」のシェフを5年間つとめ、この間イギリスに渡ってシュガークラフト(砂糖のペーストを使ってデコレーションする工芸技術)を学び、第一人者に。1990年、日本初のウェディングケーキ専門店「アニバーサリー」を目黒にオープン。94年の青山移転を機に生菓子、焼き菓子にも手を広げ、現在「アトリエ アニバーサリー」「ロリオリ」「アニバウム」の3ブランド、8店舗を展開している。

自ら小麦を栽培 “農家パン”の店

おいしいものを求め、遠出するのが本橋さんの休日。いまいちばん気に入っているのが、神奈川県小田原市の江之浦にある「麦踏」だ。神奈川県産を中心に国産小麦を石臼で自家製粉し、パン職人みずから畑を持って小麦を栽培する“農家パン”の店である。

「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」
麦踏は発芽した小麦を早春に足で踏みつける作業。農家パン屋らしい店名だ(小島マサヒロ撮影)

本橋さんが最初に訪ねたときは、着いたのが午後2時過ぎ。パンはすべて売り切れで、なにも残っていなかった。そこで店主らしき若い男性に「何時くらいに来ればいいですか?」と聞くと、「形が悪いんですけど……」と、奥から1個持ってきてくれた。

「その朴訥(ぼくとつ)とした感じがすごくよくて、全部手仕事でパン作りにこつこつといそしんでいることがわかりました。食べてみると小麦の風味が素晴らしく、香ばしさも抜きんでていて、おいしいの一言。なごめる建物も、まわりの環境も、唯一無二のパン屋です」

いまや2週間に一度の頻度で買いに行き、自分のスタッフたちにも強く推すほどほれ込んでいる本橋さんである。

麦踏があるのは、小田原と湯河原を結ぶ県道沿い。最寄りの東海道線根府川駅からはバスで5分の「天正庵跡」下車、山の中腹に立つ古民家だ。

「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」
戦国時代の武将が茶会で集った歴史ある場所に、樹木に守られるように立つ古民家(小島マサヒロ撮影)

天正庵は、小田原攻めの際、豊臣秀吉が千利休に命じて結ばせた茶室である。秀吉手ずから茶を点(た)て、徳川家康、細川忠興、蒲生氏郷ら諸侯の労をねぎらった。そんな由緒のある場所に430年のときを経てできたパン屋だから、土地の記憶も唯一無二。

かんきつ類産地の江之浦は、ミカン小屋が点在するのどかなところ。店の向かいの原っぱからは相模湾が見渡せる。現代美術家・杉本博司の複合アート施設「江之浦測候所」はすぐ近くだ。

青々と茂る木々に迎えられ、玄関を入ると長い廊下が続き、左右の座敷と広々とした縁側には古い農具や民具がたくさん置かれている。ワクワクするような古くて新しい雰囲気だ。

「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」
真ん中の廊下の突き当たりが売場。左右には農具や民具がたくさん展示してある。欄間の装飾も美しい(小島マサヒロ撮影)
「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」
地元の農家やアーティストが持ち寄った生産物や作品の展示コーナー。販売もしている(小島マサヒロ撮影)

売り場はいちばん奥のガラス戸の向こう、そのまた奥が作業室。かつて土間だったスペースで、売り場と作業室を隔てる引き戸と棚は昔のままを使っている。ショーケースに並ぶパンは、見るだけで、麦の香りが立ちのぼってくる。間違いなくおいしい顔のパンぞろいだ。

「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」
対面式の売場で販売を担当するのは、店主の姉。焼き上がったそばから次々と売れていく(小島マサヒロ撮影)

店主の宮下純一さんは、1983年東京生まれ。食べ物との関わりは高校時代のアルバイトにはじまり、和菓子屋で4年間修業後、24歳で製パンに転向。独立を考えていた30歳の頃、たまたまドライブに行った箱根湯本でパン屋「麦師」の職人募集を見つけ、即座に志願。

「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」
「パン作りのおもしろさは発酵にある。いつも違うものができるので、飽きることがない」と宮下さん(小島マサヒロ撮影)

「予備知識もなく、いい店だという直感だけで修業に入ってしまった」と宮下さんは笑うが、実はこれがパン人生の大きな分かれめになる。麦師は2009年に41歳の若さで亡くなった高橋幸夫さんの志を受け継ぐ店だった。

かつて神奈川県伊勢原市に「ブノワトン」という、全国からパン好きが集まる名店があった。オーナーシェフの高橋さんは、小麦の栽培からパン作りまでを一貫して行う地産地消パンを構想。戦後すたれてしまっていた湘南地域の小麦栽培を復活させる「湘南小麦プロジェクト」を立ち上げ、自社製粉工場までを設立した希代のパン職人だった。

こうしてひょんな出会いから、麦師で製パンだけでなく小麦の性質や品種、製粉をじっくりと学んだ宮下さんは、並行して農業研修も続けて農家資格を取得。現在の古民家は小田原市の「空き家バンク」という取り組みで見つけた。

「個性より飽きないおいしさ」県外からファンが続々、パン屋「麦踏」
もともと住宅だった古民家を店舗として営業許可を得るのには困難を伴ったが、宮下さんが思い描いたとおりの店になった(小島マサヒロ撮影)

「縁側が通常の1.5倍と広く、ゆっくりくつろげそうなのが決め手でした。10年以上使われずに朽ち果てていた家でしたが、見た瞬間にここだと思った」宮下さんだが、営業許可を得るまで1年を要したそうだ。開店は2018年1月。パン作りのかたわら、南足柄にある約100×450メートルの畑に通って小麦やライ麦を育てる日々を送っている。

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