箸から転がるおかずは、猫のもの。by つゆ(飼い主・石井早耶香さん)

人間を思うがままに操る、飼い猫たちの実例集「猫が教える、人間のトリセツ」。
「猫と暮らすニューヨーク」の筆者、仁平綾さんと、イラストレーターのPeter Arkle(ピーター・アークル)さんがお届けします。
まるで天使みたいな子猫も、ぴちぴちの若い猫も、のっそり落ち着いた老猫も。年齢によって、さまざまな“かわいさ”を見せるのが、猫という生き物。編集者の石井早耶香(いしい・さやか)さんが共に暮らす愛猫のつゆは、まだ1歳。やんちゃな猫が繰り広げる日々の出来事は、まぶしく、愛らしく、そしてどこかキュンと懐かしく。目を細めながら、お楽しみください。
「飼い猫に操られているエピソードを教えてください」
そうやって猫の飼い主さんにお願いをするところから、いつも取材を始める本連載。
今回の飼い主さんである、編集者の石井早耶香さんに依頼をしたところ、出るわ出るわ、愛猫との微(ほほ)笑ましいエピソードの数々が。
「いくらでも思いつく」と話す石井さん、それもそのはず、愛猫のつゆ(スコティッシュフォールドのオス)は、石井さんにとって人生で初めての飼い猫。しかも1歳という、まだ子猫らしさが残る、かわいさ満開の時期なのです。

エピソードのいくつかは、たとえばこんな感じ。
毎夜、石井さんの枕元で毛布をふみふみしてから寝るという、つゆ。暑い季節になっても、暗い枕元でけなげにお座りして毛布を待つため、毛布を切って(!)、ミニ毛布を作ってあげたり……。
人間がミルクっぽい飲み物を飲んでいると、必ず覗(のぞ)き込んで欲しがるため、ミルク断ちした今でも、猫用ミルクを時々与えてあげたり……。
住まいが古く、庭がさっぱり見えないつくりのため、少しでも外が見えるよう、つゆのために網戸を最新のものに張り替え、木の扉をガラスの扉に付け替えたり……。
石井さん、見事な操られっぷり、いや、献身っぷりです。

なかでも、かわいらしさが炸裂(さくれつ)するエピソードが「おやつを盗む」というもの。
「小さく包まれているものが好きなようで、くわえていって、自分の器に隠したり、両手で持って、ぴょんぴょん逃げたりします」
フランセのミルフィユ、黒船のどらやきなど、なぜかいつも“ちょっといいおやつ”だけを盗んで、駆けて行くのだとか。かわいいだけではなく、鼻も利く猫なのか……。

お菓子に加えて、料理中のおかずも隙をみて盗むという、つゆ。「からあげを盗んで、そそくさと自分の器に入れたときは、かわいすぎてオッケーということにしてあげました」と石井さん。なんと愛くるしい! それは怒る気も完全にそがれるというもの。

人間の食べものに興味津々のため、食事中の石井さんのことを凝視。おかずをうっかり落としてしまおうものなら、遠慮なくいただく、というルールに(猫のなかで勝手に)なっているそう。
「落として! 落として!と期待しているまなざしで、箸先を見つめてくるので、たまにわざと食べものを落としてあげることがあります。ダメですよね……」
焼き鮭(サケ)、さつまいも、豆類……。今日も石井さんの箸先からは、つゆへの食べものが転がります。

そんなつゆの特技といえば、「信じられない!」という顔でアピールすること。目の前で扉を閉められたとき、留守番で置いていかれるときのほか、石井さんが買い物をして帰宅したときも。
「買い物をして帰ると、必ずチェックが入ります。首を袋に突っ込んで、私がひとつひとつ取り出して、冷蔵庫にしまうまで監視。しまい終わると“信じられない!”という表情を浮かべるんです。以来、猫へのおみやげを買って帰るようになりました……」
つゆの期待を裏切らないよう、それまでネットショップで買いだめしていた、ペット用の鯖(サバ)缶やいわし缶、間食用のまぐろスティックなどを、こまめに買って帰るようになったのだとか。


飼い猫あるあるのひとつ、早朝に繰り広げられる朝ごはんの攻防は、今やすっかり日課に。
「毎朝5時頃、朝ごはんのために私を起こすのですが、以前はミャアミャア鳴いたり、手や肩に頬をスリスリしたり、洗濯物から靴下を持ってきたりと、けなげに起こしてくれていました。私が慣れたせいか、なかなか起きなくなると、暴力的に……。ベッドの後ろのチェストに登ってから、おなかにダイブしてきたり、胸の上を往復ダッシュしたり、気道の上で何度も飛び跳(は)ねたりして起こそうとします。苦しくて、“うっ””くっ”とうめき声を発するので、効果があると思っている様子……」
もはや格闘技。荒業に耐えて、石井さんが寝ていると(うめき声を発するほどなのに、寝ていられる石井さんもすごい……)、今度は作戦変更。顔前数センチのところに顔を寄せて、じっと見つめてくるのだとか。
「ひげがくすぐったくて目を開けると、至近距離で目が合い、あまりにもかわいいので、つい起きてごはんをあげてしまいます……」。石井さん、負け続きのようです。

「猫はとにかく“なんてかわいいの”と言って抱き上げてしまう回数が、多すぎると思います」と石井さん。
いわく、猫がかわいすぎるため、日常に何か特別なことがなくとも「日々幸せメーターが振り切れている状態」なのだとか。加えて趣味のジム通いでもした日には、「メンタルが整いすぎてしまって、こんなに健やかでいいのかなぁ」と思うほど。
これまでにない心の充足と幸福感を得ている石井さん。早朝に朝ごはんの攻防はあるものの、結果、つゆのおかげで、睡眠も改善したのだとか。
「それまで寝付きの悪いショートスリーパーだったのですが、すっかり眠れるようになりました。隣で猫の寝息を聞いたり、撫(な)でているうちに、すやりと」
恐るべし、猫の効果。そうして、気づいたときには、すっかり猫の掌中にある、私たち人間なのであります。






書籍編集者。BNN編集部所属。デザインとテクノロジーの交差する領域で、出版活動を行う。 インスタグラム:https://www.instagram.com/si_lw/
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