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原点はカーデザイン、拡大するピニンファリーナの世界

トリノ自動車博物館「ピニンファリーナー未来のフォルム」企画展の会場。16台の実車がディスプレーされた

フェラーリの「BB」「308」そして「テスタロッサ」……。かつて世界の自動車キッズを魅了したそれらをデザインしたのは、イタリア・トリノのデザイン会社「ピニンファリーナ」である。トリノの創立90周年記念展とともに、あなたの知らない同社の仕事も紹介しよう。

【動画】Pininfarinaの歴史

今回トリノ自動車博物館で催されている企画展は、本来90周年である2020年に行われるべきものであった。だが、新型コロナウイルスの影響で1年遅れとなった。

実車16台と数々の開発用スケールモデルが置かれた展示室では、夏休みということもあり、親子連れも多くみられた。

原点はカーデザイン、拡大するピニンファリーナの世界
フィアット・アバルト・モノポスト・レコルド(1930年 : スケールモデル)

前述のフェラーリBBを前に、「これは未来の車?」と聞く子どもに、父親が「いや、昔、生産してたんだよ」と息子に教えている。半世紀前の車がコンセプトカーのように映るとは。タイムレスなデザインの成せる業だ。

原点はカーデザイン、拡大するピニンファリーナの世界
フェラーリBB(1971年 : プロトタイプ)。トリノ自動車ショーに展示された車両

富裕層が注目、顧客リストに王侯貴族

ピニンファリーナの起源は1930年、バッティスタ・“ピニン”ファリーナ(1893-1966)が37歳でトリノに開設した車体製作工房、すなわちカロッツェリアに遡(さかのぼ)る。当初の商標は「カロッツェリア・ピニン・ファリーナ」だった。

ピニン(pinin)とは北部ピエモンテ方言で「小さい」を意味するニックネームである。バッティスタが11人兄弟の10番目であったことや、小柄な体形であったことに由来したものであった。

バッティスタの仕事の正確さとセンスは、自動車にとって今日でいうところのアーリーアダプターであった富裕層たちの注目を集めた。実際、顧客リストには王侯貴族の名前が連なった。

NEXT PAGE戦後イタリア復興のシンボルとして

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