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「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)

2017年、未踏ルートをたどってシスパーレ(標高7,611m/パキスタン)の登頂に成功した平出和也(左)と中島健郎/提供:石井スポーツ

 クライミングパートナーとして、前人未踏のルートで危険な山々に挑んできた平出和也と中島健郎。過酷な登山を支えるのは、リスクを負った上でそれを超えようとする冒険家のスピリットと、社会に根を下ろし周囲の協力を得てサステイナブルな活動を可能にする環境づくりである。

 コロナ禍で予定していた登山計画は延期となり、思うように動けなかったこの一年。はやる気持ちとストップした現実との間で葛藤した日々がもたらしたものは何だったのか。登山人生で過去最大の難関に立ち向かいながら、今日も二人は道なき冒険を続ける。

【前編『命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」』から続く】

生きるか死ぬかに上下関係はない

 アルパインクライミングは、整備された登山道を行くのではなく、自分たちで自由に登山ルートを設定できる。「概念図」と呼ばれる山の地図を作製し、地形の特徴、尾根や沢の位置情報を書き込みながら、どこにテントを張れるのか、どこで雪崩(なだれ)の可能性があるのかなどを整理して、安全なキャンプ地やラインを探っていく。二人で挑んだ2017年のシスパーレ(標高7,611m/パキスタン)登頂時には、中島がいつもつけているという登山日記の延長線上でそれを描いた。

「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)
2017年、平出と中島が挑んだシスパーレ北東壁/提供:石井スポーツ

中島 山全体の大まかな位置関係や場所のイメージを、概念として頭に入れるためにすることなので、写真を見て検討するより、自分で絵を描いたほうがいいんですよ。

平出 地名や目印のない中で、「あそこのあそこ」と言ったときに二人が同じ場所をイメージできるように、ピンポイントでそれを共有しなければならないんです。二人の間で少しでも認識に誤差があると大事故につながる。認識にズレが生じると生死に関わってくるんです。

 「平出さんはてきぱきしていて、僕はゆったりのんびりしているタイプ」(中島)との言葉通り、それぞれの性格は正反対だという。得意分野は分かれているが、チームを維持するためにはそのほうがプラスに働くと受けとめている。そこで優先すべきは、個々の分担を等しく折半(せっぱん)することではなく、チームにとって何が最善かということだ。

「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)
(小島マサヒロ撮影)

中島 雪山には水がないので、雪を溶かして飲み水を作らなければならないんですけど、テント泊中の「水作り」はいつも平出さんが中心になってやってくれます。

平出 それって基本的には下っ端の仕事なんですよ。手も濡(ぬ)れるし、冷たいし、大学の山岳部だったら一年生が任されるような。

中島 でも僕は登山家でありながら高山病に弱くて、登っている間はわりと元気でも、テントに入ると呼吸数が下がって動けなくなったりすることもあるんですね。するとそのそばで平出さんがせっせと率先して作ってくれる。

平出 正直、僕のほうが水作りのセンスもあると思います(笑)。僕がやったほうが結果的に二人にとっていいわけです。生きるか死ぬかというときに、お互いの総合力でマイナスになることはするべきではないので、そこで“下っ端の仕事”みたいな概念はない。命を預け合っている世界では常にお互いが平等だし、それを支えるのは信頼関係でしかないですよね。

「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)
(小島マサヒロ撮影)

賞の重みで見失った対等な関係性

 中島と組む以前の平出は、前パートナーの谷口氏と登ったカメット峰(標高7756m/インド)の新ルート踏破により、2008年に「登山界のアカデミー賞」とも言われるピオレドール賞を日本人で初めて受賞。その後しばらく海外のクライマーにパートナーを求めていた時期があった。

平出 まだまだ未熟で多くを吸収しなければいけない立場だったのに、世界的な賞をとってしまっただけに、山で弱い姿を見せられなくなってしまったんです。日本人のクライマーだと、僕がピオレドールを取ったことを前提に組むことになるので、どこか対等にはなれない。でも海外には賞を取っていなくても僕よりスキルがあって登れる人はたくさんいて、僕にとって重いものになってしまった「賞」という肩書を外して見てもらえるのが心地よかったし、自分も自然体でいられたんです。

ただ、そのときに組んだ海外のパートナーと大きな事故を起こしたりもして、単純にそういう理由だけでパートナーを求めるのはよくないと、それがきっかけでより意識するようになりました。

「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)
(小島マサヒロ撮影)

 一方の中島は、平出と組む前から「世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ)の登山部にカメラマンとして参加するなど、登山のサポートや撮影の仕事と並行しながら自身の登山を探し求めてきた。

中島 僕が2017年のシスパーレ登頂で平出さんとピオレドールを受賞したときは、僕にとって自分の登山がそういう形で評価されるのは初めてだったので、賞を通して世間に活動を知ってもらえたことは素直に嬉しかったんです。それによって僕自身の活動の幅も広がりました。

平出 一度目のピオレドールは自分の力で勝ち得たという思いがあったけど、二度目と三度目(2020年)に健郎と受賞したときは、応援してくれている人たちの代表として登山をさせてもらって、皆と同じ夢を一緒に背負っているような感覚があった。誰かが喜んでくれることに対する自分たちの喜びもあることを感じてから、賞に対する僕の思いも少し変わってきたんです。

「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)
2018年9月、ポーランドでのピオレドール授賞式でトロフィーを手に笑顔を見せる二人/提供:石井スポーツ

 現在は二人とも同じ石井スポーツに所属し、サポートを受けながら登山活動を共にしている。

平出 自分たちの中では登山=仕事という意識はなくて、誰かに強いられたノルマでもないし、やりたいからやっているだけなんですよね。でもそれを長く継続していくのは簡単ではない。日本では「冒険」があまり社会的活動として認められていない実情もありますが、僕らはむしろその中でも続けられることを体現している側でもあるんです。そのためにも社会との接点を持ちながら登ることを選んで、就職する決断をした。より長く続ける環境を作ることも冒険の一つなので。

「一歩下がる」勇気を糧に

 2020年は新型コロナウイルスの影響で海外との往来に制限がかかり、予定していたK2(標高8,611m/パキスタン、中国)西壁からの初登頂への挑戦は延期。企業に所属しながら山に登る二人は、社会人としての責任を果たしながら冒険を続ける道を開拓してきたが、リスクを冒してでも飛び出したい気持ちとのジレンマは如何(いかん)ともし難かった。

「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)
(小島マサヒロ撮影)

平出 昨年は世界的に活動が制限されたり自粛していたりしたので、登りに行けないのはみんな平等でしたよね。でも今年に入ってからは、国によってワクチン接種の状況も違うので、海外では早々にスタートを切った登山家もたくさんいて、いい記録も生まれている。もどかしさを感じないほうがおかしいんです。

中島 僕ももちろんもどかしさはありました。他のクライマーに先を越されるかもしれないという焦りも感じていましたが、僕らの活動は会社なり家族なり周りの理解やサポートがない限り、続けることはできないんですよね。自分一人で登っているわけではないので、できる限り快く送り出してもらえる環境で出かけたい。でもすべての環境が整うのを待っていてはいつまで経っても動けないし、非常にもどかしかったです、本当に。

「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)
(小島マサヒロ撮影)

平出 寝る前は、明日はもっとすごいことができるんじゃないかと期待しても、朝になって目が覚めると何も変わっていない現実に引き戻されて少し後ろ向きになったり。その繰り返しの中で、自分は本当にその山に登りたいのか、その覚悟はあるのかという自問に揺れ動いてきましたが、その時間が無駄ではないことも知っているんです。

 二人が登山を始めて以来、こんな状況は初めてだ。だがこの一年間、お互いに逡巡(しゅんじゅん)して悩んできた経験や感情は、世界中で誰もが少なからず共有してきたものではないか。

「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)
(小島マサヒロ撮影)

平出 僕は2001年から毎年のようにヒマラヤに登ってきて、どこかで行けて当たり前だと思っていたし、危険に対してもおごりのようなものがあったかもしれない。そのおごりが一回リセットされたのだとしたら、これまでは一歩前に進むことしか考えてこなかったけど、強制的にとはいえ「一歩下がる」ことを知ったのは今後の糧になるのではないかと。二人でロープを結び合うことが当たり前ではなくなったからこそ、再びそれができたときに、かけがえのない喜びを感じる予感はしています。

中島 自然を相手にしている以上、常に望み通りの結果を出せるわけではないですが、たとえ登れなかったとしても、その経験や時間が次の挑戦につながっていく。いいことばかりでなくつらいことや悔しさも、パートナーや応援してくれている人たちと共有していければ、挑戦することはすべて成功だと思っています。

【前編『命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」』を読む】

■プロフィール

中島健郎(なかじま・けんろう)
1984年生まれ。奈良県出身。大学入学後、山岳部に所属。在学中に3度の海外遠征を経験し、未踏峰2座の登頂に成功。卒業後は海外トレッキングや登山のツアーガイドを務めながら山岳カメラマンとしての活動をスタート。平出和也氏とともに無酸素・未踏ルートで挑戦した2017年シスパーレ(7,611m)、2019年ラカポシ(7,788m)の登頂で登山界のアカデミー賞と称されるピオレドール賞を2度受賞。

平出和也(ひらいで・かずや)
1979年長野県出身。大学2年の秋に山岳部へ入部。4年生の春にはヒマラヤ山脈遠征に加わる。2008年、インド・カメット峰(7,756m)に登頂しピオレドール賞を日本人初受賞。2019年登頂のラカポシで日本人初の3度目のピオレドール賞を受賞。世界のトップクライマーの一人として高い評価を受けている。また山岳カメラマンとしても活躍中。

二人が所属する石井スポーツ公式サイト
https://www.ici-sports.com/

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