&w

ほんやのほん
連載をフォローする

迷い込むクジラたち。海洋プラスチック問題の曲がり角

撮影/猪俣博史

『海獣学者、クジラを解剖する。』

皆さんはストランディングという言葉をご存じでしょうか。何らかの理由で意に反し海の生き物が浅瀬で座礁したり、海岸に打ち上げられてしまったりする現象で、湘南でも2018年夏、鎌倉の由比ガ浜にシロナガスクジラの赤ちゃんが打ち上がってしまい、大きなニュースになりました。この現象は珍しいことではなく、クジラやイルカなどの海生哺乳類に限っても年間300件ほどの事例があるそうです。日本のどこかで毎日のように海獣たちが海からやってきてしまっているのです。

入り口に大きなクジラの剝製(はくせい)がある上野の国立科学博物館で、まさにそのクジラやイルカなどの海生哺乳類を研究されているのが、今回ご紹介する『海獣学者、クジラを解剖する。』の著者、田島木綿子(ゆうこ)さん。田島さんは前述のストランディングの研究を20年以上続けており、今までに解剖した座礁してしまったクジラの頭数は2千頭にもなるそうです。

本の前半では、ストランディングにより惜しくも命を落としてしまったクジラたちの検視を腐敗する前の限られた時間に行い、骨格標本を博物館に残していく様子が、克明に記されています。

小さな生き物だったらアルコールで瓶に入れれば内臓や皮膚も残すことができますが、クジラのような大きな生き物ではそれがなかなかできません。死体を運ぶために登場する大型クレーン、筋肉を取り除いた骨を煮るための大きな鍋のような機器、ノンコのような道具を使いながらクジラの厚い皮を剝いで解剖する様子、切ったクジラのおなかの中に体ごと入っての血まみれになりながらの調査など、“ガテン系”のお写真が多数掲載されています。

厳寒の地で流氷に閉じ込められたシャチの調査では体中が凍(い)てつき、クジラの内臓の調査では全身にまとわりつくほどの強烈な生臭さを体験します。先日、子どもから「研究者になるにはどんな科目を勉強すればいいの?」という質問を受けていたある研究者が「英語と、あとは体育も大事だね」とおっしゃっていたのが、心底納得できました。研究者のタフネスにほれぼれします。

田島さんがこのように体を張って研究する大きな目的は、なぜストランディングが起こってしまうのかという謎の解明です。発生する理由は ①病気や感染症 ②餌の深追い ③海流の流れの見誤りなどが挙げられていますが、最近は海洋汚染がストランディングに関係しているかもしれないという説もあるそうです。

冒頭で紹介した2018年の由比ガ浜に打ち上げられたシロナガスクジラの赤ちゃんの胃からは直径約7センチのプラスチック片が発見され、それは国内で海洋汚染問題への認識を大いに高めることになりました。

この本の最後に書かれているのは、そのプラスチック問題が深刻化しているというショッキングな話題です。プラスチックに含まれる化学物質が海洋生物だけでなく、食物連鎖を通して我々人間にも影響を及ぼしてしまう可能性について、田島さんは次のように言及しています。

むやみに恐怖心をあおるつもりはないが、一人一人が正しい知識を身につけて、自分の身を守ることがとても大切な時期にきていることは確かだ。

p.320

田島さんの言葉は海洋汚染の問題にとどまらず、未曽有の感染症にたじろぐ今の私たちへのメッセージでもあるかもしれません。この世界で共存する物言わぬ生き物の声を聴き取ろうと日々格闘している研究者たちの言葉に、今こそ耳を傾ける時に思えます。

迷い込むクジラたち。海洋プラスチック問題の曲がり角
#
PROFILE
川村啓子

かわむら・けいこ
湘南 蔦屋書店 児童書・自然科学コンシェルジュ
読書といえば小説が主で大学も文学部、ずっと「人間のこと」ばかり考えてきましたが、このお仕事に出会ってからは「人間以外のこと」を思う時間が増えました。いま気になっているのは放散虫。「自然界は美しいものだらけです」

REACTION

LIKE
連載をフォローする

SHARE

  • LINEでシェア

FOR YOU あなたにおすすめの記事

POPULAR 人気記事

※アクセスは過去7日間、LIKE、コメントは過去30日間で集計しています。

RECOMMEND おすすめの記事

&MEMBER限定の機能です

&MEMBERにご登録(無料)いただくと、気に入った記事に共感を示したり、コメントを書いたり、ブックマークしたりできます。こうしたアクションをする度にポイント「&MILE」がたまり、限定イベントやプレゼントの当選確率が上がります。

&MEMBERログイン

ID(メールアドレス)
パスワード

パスワードを忘れた方はこちら

&MEMBER登録はこちら

&MILEの加算アクション

  • &MEMBER新規登録:100マイル

    *今後、以下のアクションも追加していきます

  • 朝日新聞デジタル有料会員の継続:100マイル
  • ログインしてサイト訪問:10マイル
  • 記事に「LIKE」を押す:10マイル
  • コメントの投稿:30マイル
  • 自分のコメントに「LIKE」がつく:10マイル
  • アンケート回答:30マイル
  • 「朝日新聞SHOP」での購入:50マイル
  • イベント申し込み:50マイル

&MILEの獲得数に応じてステージがあがり、ステージがあがるごとに
&MEMBER限定のイベントやプレゼントの当選確率が上がります。詳細はこちら