阿部寛が新境地を切り開く「見たことのない自分がいた」 映画『護られなかった者たちへ』

コミカルからシリアスまで、はたまた侍から科学者、弁護士に詐欺師まで、様々な名キャラクターを演じてきた阿部寛さん。日本を代表するトップ俳優の一人として、圧倒的な存在感で私たちを魅了してきた阿部さんが出演する最新映画『護られなかった者たちへ』が公開される。
本作は、東日本大震災から10年目の被災地で起きた連続殺人事件に隠された真実を暴くミステリーだ。阿部さんは犯人を追う刑事・笘篠を演じている。「今まで見たことがない自分がいた」と新境地を開いた本作への思い、共演した佐藤健さんや清原果耶さんとのエピソード、震災とコロナ禍を経て感じた役者としての思いを語ってくれた。問いかける質問に少ない言葉でじっくりと思いを紡いでいく阿部さん。その姿はまるで映画の1シーンのようで、ぐいぐい惹(ひ)きこまれてしまう。

喪失感から抜け出せない刑事役。台本から理解できない部分もあった
本作は、中山七里さんの同名小説が原作。阿部さん演じる刑事・笘篠が震災後10年経った仙台で起きた不可解な連続殺人犯を追う物語だ。笘篠自身も震災で家族を失い、心に傷を負って10年を過ごしてきた被災者でもある。笘篠を演じるに当たり、どのような準備をして撮影に臨んだのか。

「これまで演じてきた役では人物像をはっきりしようと心がけることが多かったのですが、今回は現場に身を任せて、瀬々(敬久)監督に任せてやっていこうと決めていました。笘篠は震災で家族を失い、その喪失感から抜け出せないまま刑事をしている。とても難しい役で台本を読んでも分からないことがたくさんありました。下手に考えて一貫した人物にするより、ムラがある人間がいいんじゃないかと。
瀬々監督とは、以前に『RUSH!』という作品に出させてもらって以来、3度目です。監督の作品は人間の深い内面を描く作品が多いのですが、役者が演じていない不完全な時、演技者の内面が出るような部分を切り取る独特な演出をするんですね。20年前にご一緒した時、実は自分のシーンに全く達成感がなかったんです。でも、それが監督が求めていたものだろうと思って。だから今回も現場でその都度感じるものをすくい上げていけばいいと思っていました。今回も何げないたたずまいや意識していない表情を多く切り取ってもらえた、あまり見ない雰囲気の自分が映画の中にいました。セリフはないけれど、そのシーンでの役割をきちんと果たしていました」

笘篠が容疑者として追う利根を佐藤健さん、被害者の部下を清原果耶さん、笘篠とコンビを組む刑事を林遣都さんが演じている。本作が初共演となったフレッシュなキャストにも刺激を受けたと振り返る。
「佐藤くん、清原さんはともに難しい役だったと思います。笘篠と同じ被災者でありながら、複雑な過去を持ち強い憤りを抱えている。佐藤くんは、現場でもずっと役に向き合っている姿が印象的でした。他の現場でストイックさは聞いていましたが、撮っていない時間もずっと利根で通していましたね。清原さんはまだ18歳でした。だけど役に対する信念を持っていて、年上の大人が多い現場で、きっちりと自分の意見を言っていました。非常に集中している現場でしたね。林くんは初共演でしたが、一緒にいることが多かったのでいろいろな話をしました。彼との芝居は楽しかった」

「護られなかった者たちへ」を鑑賞したが、記憶に新しい大震災からの人間関係を描くにあたって個々の役者が役作りに苦心しただろうことを思わせた。この阿部寛さんへのインタビューからもそれが伺え、また普段から役に没入している、主役の佐藤健を好感を持って見つめる様子もベテラン俳優からの目として素晴らしいと思った。最近TV等では、映画の完成披露時の俳優達へのインタビューに、映画のこと以外の事、例えば誰と誰が仲がいいとかという類のくだらない質問、エンタメ色や笑いを取るためのものが多く失望することが多いので、本記事は好感が持てた。