搾りたてカスタードがじゅわー! またたくまに広がる甘さ/SONGBIRD BAKERY

川の岸辺の、橋のたもとの、交差点の角に、SONGBIRD BAKERYはある。駅から少し離れた住宅街だが、人通りは多い。子供連れの親御さんにご年配の方。普段着姿のご近所さんが次々と、コンクリート打ちっぱなしのおしゃれな店にご来店。生活者が交差する場所に新しいベーカリーが誕生したのだ。この店では、新しさとなつかしさもまた交差している。どのパンも、ぷるっぷる。国産小麦・高加水という最新の製法ならではの食感だ。なのに、形も組み合わせもごくオーソドックス。幅広い年代になじみ深いパンだ。
SONGBIRD BAKERYを出て3分後、橋をわたったところの公園で、「クリーム・ブリオッシュ」は手のひらの中から消えた。注文してからカスタードを搾る、作り立てを食べさせるタイプだから、すぐ食べようと思ったのだ。それにしても……ごつっとした感じの見かけなのに、ふわり、ぷるるん。そして、パンがちゅるー、カスタードがじゅわーと、溶ける溶ける、またたくまに! みずみずしいカスタードの甘さが燃え、そこに、キタノカオリならではのふつふつと沸き立つようなでんぷん質の香りが合わさって、風味が爆発する。夢中で食べ、1個があっというまに消失したのだ。

7月1日にSONGBIRD BAKERYをオープンさせた本藤正敏(ほんどう・まさとし)シェフ。爽快極まりない消失感を作り出すため、意外な材料を使用する。
「クリームチーズを混ぜ込んでいます。コクが出たり、口溶けのよさにつながったらいいなと思って」
カスタードクリームも、クリームパンのように生地に包んで焼くのではなく、焼き上がったパンに搾ることで、この爽快さに一役買う。

「ミルク食パン」は、「消える生食パン」と呼んで差し支えないだろう。うつくしい気泡を見れば、唾液(だえき)をスポンジのごとく吸い込むことは必定。ふんわりふにふにと弾んでしゅわーっと一気に溶ける。北海道産小麦ならではのミルキーかつクリアな甘さ、バターの濃厚さにも目を見張るものがある。耳も、焼き菓子か?というほどのできで、捨てるなどありえない。
本藤さんは、食パンの名手でもある新鋭・有形泰輔シェフのベーカリー「セテュヌ・ボンニデー」で学んだ。冷たいままのバターをミキシングの最初に入れ、バターの風味をフレッシュに保つとともに、グルテンもやわらかくするという勝利の方程式も継承する。加えて、水分はすべて牛乳という贅沢(ぜいたく)仕様。生地がこねあがったあと、これでもかとさらに牛乳を加えるバシナージュという工程によって、より多くの水分を加えるとともに、オーブンの中で水蒸気の発生につなげてより軽やかに生地を持ち上げる。

見た目の素っ気なさを、食べたときの衝撃が超越する「うるる」。プレーンなパンだと思って油断すると、ちぎっては食べ、ちぎっては食べと、なにもつけずに、これもいつのまにか消えそうだ。トーンの高い甘さ、トーンの低い旨味(うまみ)がいっしょに放たれる。すばやく溶けだすと、食感も香りもおかゆのようになって、北海道産キタノカオリ・福岡産ミナミノカオリの濃厚な風味は喉(のど)に張りつき、鼻へ抜ける。持っただけでぷるんぷるんのテクスチャーは、生地に対し110%という異常な高加水のたまもの。
「粉と原材料をこねずに合わせただけのどろどろの生地で、扱いはむずかしい。切りっぱなしでそのまま焼いています。西洋人とちがって唾液が少ない日本人でも食べやすい『日本人の新しい主食』がコンセプト。きび砂糖、太白ごま油も入れて甘みがあるので、そのまま食べても、サンドイッチでもいいし、おかずと合わせても万能です」(本藤さん)

うるるの生地は、「くるみのパヴェ」「チーズのパン」「あんバター」にも使用、それぞれの素材と引き立てあっている。ちょっと甘くて、ぷるぷる、しかも国産小麦のごはんに似たニュアンスも入っていて、日本人の嗜好(しこう)にジャストミートする。こんなパンが並ぶベーカリーが日本各地の「ご近所」にあったら、私たちの日常はもっとおもしろくなるだろう。
SONGBIRD BAKERY
東京都大田区西蒲田1-2-12 カマタブリッヂ 1F
10:30~売切れ閉店
火・水曜休み
今回も甘いものが食べたくなりました。この連載を読むとお腹が減ってくる。