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楽園ビーチ探訪
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上陸できずも感じた、軍艦島の暮らし 長崎沖、威容の廃虚は語る

閉山後、35年を経て、2009年から上陸することが再び可能に©軍艦島上陸クルーズ

岩の擁壁(ようへき)に守られた島に廃虚が立ち並び、遠くから見ると、まるで軍艦のように見える長崎市の端島(はしま)。通称、軍艦島。その見た目のかっこよさに憧れて、今年4月、上陸をもくろみ長崎へ。そして現地で聞いた、かつてこの島で繰り広げられたストーリーを知り、ただのかっこよさだけでない軍艦島の姿が見えてきました。

連載「楽園ビーチ探訪」は、リゾートやカルチャー、エコなどを切り口に、国内外の海にフォーカスした読み物や情報を発信する筆者が訪れた、各地の美しいビーチや、海のある街や島を紹介いたします。

島名の由来は戦艦「土佐」、石炭鉱脈発見で注目

長崎港の沖約18キロに浮かぶ軍艦島は、戦艦「土佐」と似ていることから、そう呼ばれています。南北約480メートル、東西約160メートル、周囲約1200メートル、面積にすると約6万3000平方メートル。小さな島ではありますが、これでも6回も埋め立てを繰り返したもので、もともとはこの3分の1しかない岩礁だったそうです。

軍艦島が注目されたのは、19世紀初頭の発見とされる海底炭脈がきっかけ。佐賀藩がほそぼそと操業をしていましたが、転機が訪れたのは1890年。三菱合資会社の経営に移り、軍艦島の隣の高島とともに炭鉱の島として、急成長を遂げました。

シルエットはまるで軍艦のよう。正式名は端島
シルエットはまるで軍艦のよう。正式名は端島

海底下1000メートルまで掘り進め、1891年から閉山する1974年までの間に、実に約1570万トンもの石炭が採掘されました。近代日本の発展の立役者でもある軍艦島は2015年、「端島炭坑」として、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」に登録されています。

現役で稼働する同型の世界中のクレーンのうち、最も古い電動クレーンであるジャイアント・カンチレバークレーン(三菱長崎造船所)など、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の前を通りすぎて、軍艦島へ
現役で稼働する同型の世界中のクレーンのうち、最も古い電動クレーンであるジャイアント・カンチレバークレーン(三菱長崎造船所)など、世界遺産の構成資産を眺めながら軍艦島へ

出炭量が増えるにつれ、軍艦島で暮らす人口も増えました。最盛期の1960年には人口約5300人、当時の東京都23区の約9倍もの人口密度まで膨れ上がったそうです。

鉄筋高層アパート群はじめ、先端技術を誇った島

今でこそ廃虚ですが、隆盛期は「日本初」の技術や施設をいくつも取り入れた先駆的な存在でした。

北西部にある7階建ての30号棟アパートは、1916年に建造された日本初の鉄筋コンクリート造りの高層住宅。隣接する31号棟アパートと合わせて、鉱員たちのいわば社宅で、売店や郵便局、共同浴場や理髪店も併設されていたそうです。

見学コースで立ち寄る、日本初のコンクリート造りの7階建て集合住宅©軍艦島上陸クルーズ
見学コースで立ち寄る、日本初の鉄筋コンクリート造りの7階建て集合住宅©軍艦島上陸クルーズ

仕事がきつく、危険と背中合わせである分、仕事終わりの娯楽も重要。そのせいか、当時テレビの普及率が全国で8%程度だったのに対し、軍艦島は100%! 島内にはパチンコホールや400席もの映画館、ビリヤード場もあったそう。

東部にある旧「端島小中学校」は7階建て。4階までが小学校、5階と7階が中学校、6階に講堂や図書館、音楽室などがありました。給食を運ぶために、エレベーターもあったとか。校舎はほぼ朽ちかけてはいても、窓が大きいのがわかります。これは教員や保護者が、子供たちにたっぷり日差しを浴びてほしいとの願いが表れています。50メートル四方のグラウンドを作り、壁面には子供たちの描いた壁画も残されているそうです。

旧「端島小中学校」陰になってはいるけれど、窓が大きく作られているのがわかります
旧「端島小中学校」陰になってはいるけれど、窓が大きく作られているのがわかります

乏しかった緑、花見は隣の島へ 水不足に悩む

学校の脇には4階建ての病院とその裏手に隔離病棟が置かれていました。当時、はやった赤痢やコレラなどの感染症は、小さな島では命取り。医療体制が構築されていたことからも、軍艦島の先進性がうかがえます。

そしてアパートの10階には保育園があり、ルーフトップには日本初の「屋上菜園」がありました。軍艦島は岩礁と石炭を採掘した残土によって埋め立てた島なので、緑がありません。子供たちの教育のためにと、大人が屋上に土を運び、米や野菜を育てたのだそうです。

また、日本人にとって春の楽しみといえば、お花見。そこで約700メートル離れた中ノ島に90本の桜を植樹し、春には船に乗って物見遊山に出かけたそうです。青空市で買い物を楽しみ、台風がやってくると岸壁に打ち付ける大波を見物し、小さな島ながら、楽しみを見つけて暮らしていたようです。

灯台は無人島になってから建てられた
灯台は無人島になってから建てられた

ただ、難儀だったのが水道と電気。水は海水を蒸留したり、給水船で運んだものを貯水槽に蓄えたり。風呂は海水を沸かし、仕上げに真水で塩を流す程度で、上級職員以外は共同浴場を利用したそうです。海底パイプによって、待望の送水が実現したのは1957年のことだったそうです。

強風と高波で、後ろ髪引かれつつ島を周回

軍艦島クルーズの当日。風の強さに一抹の不安を感じながらも乗船しました。隣接する高島に上陸し、100分の1のミニチュアで軍艦島の施設や概要を教えてもらい、予習もばっちり。さぁ、軍艦島へ!

高島にある軍艦島の模型で説明を受けました。上から見ると、わかりやすい!
高島にある軍艦島の模型で説明を受けました。上から見ると、わかりやすい!

けれど、長崎市が規定する波の高さを超えてしまったため、軍艦島を目の前にしながらも、上陸は断念するしかありませんでした。波に翻弄(ほんろう)されながら、船で島の周囲を回り、高島で予習した建物を沖から眺めて再度説明を受け、後ろ髪を引かれつつ帰港しました。

ちなみに、上陸できるのは島の南側の約230メートルの見学通路。主力坑だった第二竪坑(たてこう)跡や日本最古の鉄筋コンクリートのアパートが見られるそうです。次回こそは、ぜひ!

【取材協力】
長崎県観光連盟  https://www.nagasaki-tabinet.com/
軍艦島上陸クルーズ https://www.gunkanjima-cruise.jp/

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