坂手洋二の「世界は劇場」
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画面に写ってしまう、あるいはその外にある、映画の「現実」

Sinenkiy / Getty Images

社会的テーマに切り込み、異彩を放つ舞台作品を世に送り出してきた坂手洋二さんが森羅万象を論じます。今回は坂手さんが最近鑑賞したという3本の映画について。各作品に対する感想に劇作家ならではの視点が光ります。

未消化のままクジラを擬人化 『くじらびと』への違和感

ずっと映画を見られないでいた。やっと時間が空いたので、2日間で3本を見た。新宿と吉祥寺。映画館で見ることにこだわっていたわけではない。ネットやDVDで見るにも、まとまった時間はとれなかったのだ。そしてこの3本とも、映画としても、個人的にも、いろいろなことを思わされた。

『くじらびと』は、既にいろいろな人から感想を聞かれていた。無理もない。私はこの映画の舞台になっているレンバタ島・ラマレラ村に20年以上前より何度か訪れ、400年以上の伝統を持つ、銛(もり)打ちのクジラ漁に、私自身も参加していたからだ。取材した内容をもとに、インドネシアなど4カ国との合作で劇化もした。『南洋くじら部隊』という作品だ(戯曲集は彩流社刊)。

ラマレラで、私はプレダン(木造帆船)の一員に加わり、15メートルのマッコウクジラを捕ったこともある。

初めて漁船に乗ったとき我々日本勢二人が第一発見者となって「バレオ」を発し、その時はマンタが捕れて、マンタの肝臓をいただいたこともある。幸い、私が乗るとたいていボウズにはならないというジンクスがあったので、村では歓迎されていた。美しい海、船の上で過ごす長い時間は、充実していた。

『くじらびと』の画面に映っているのは、本当のことだ。ただ、船の転覆が大ごとに見えすぎているという気はする。船底の下を動き、体当たりしてくるクジラの迫力に観客が驚くわけだが、そもそもラマファ(銛打ち)の船が、クジラに引かれて転覆するのは、ほぼ毎回当然のこと。プレダンが海中に引きずり込まれることも多い。

哺乳類であるクジラは、銛とつながった船を引いたまま深く海に逃れて潜り続け、やがて我慢の限界が来て浮かび上がり、そこにとどめをさす。転覆そのものはイレギュラーなことではなく、ほぼ予定されている。沈んだ船の乗員たちも他の船に引き揚げられ、皆でクジラの再浮上を待っているこの漁独特の時間は、素晴らしい充実感がある。

私自身は、船外機の動力でなく帆を操り、すーっとクジラに近づいていく魔法のような時間や、帆を下ろしラマファが狙いを定めるのに間に合わせようと漕(こ)ぎ手に加わった船上の高揚が、忘れられない。その時代の漁に間に合ったのは幸いだが、今も先述のごとくラマファの船はたいてい沈むから、銛を打つまでに船外機は外すのである。

「年間10頭も捕れれば村人全員が生きていけると言われている」ということは、必ずしも、そうではない。不漁期はそう言って自らを慰めることもあるだろうが、その数では暮らしは厳しいのだ。ラマレラの詳細な記録『クジラと生きる ―海の狩猟、山の交換― 』(中公新書)を著した小島曠太郎さん、江上幹幸さんたちの記録では1995~2018年の24年間の年間平均は19.25頭=約20頭だという。しかし何カ月も捕れないときもある。じっさい、ここ3年間のラマレラは、年10頭平均を割っている。

『くじらびと』には、私の知っている人たちも出てくるが、海に、クジラに、村に、人々に、慣習法を犯したり、なにがしかの因縁が差し障るようなことがあれば、クジラが捕れなくなったり、不幸が起きてしまうのが、ラマレラの人たちとクジラの間にかわされた「不文律」である。こうして離れて日本にいても、関わり方を間違えたらクジラ漁に影響してしまいそうな気がする。なのでこの映画への感想は、このくらいに留めたい。

最初に訪れた何度かは、電気も電話もなく、貨幣経済もない物々交換の村だった。そのぶん、自然と人間がつながっていた。そして、複数のクジラが捕れ、浜に並んでいるときの村の歓喜といったら、これは、海と人間が一体化したような充実を感じる祝祭であって、画面に映しきれるものではない。

さらに一つだけ付け加えると、この映画のドローンの多用には違和感がある。あの世界にドローンの視点はない。あのアングルは、ラマレラに暮らす者にとっては、存在しない。海の大自然を安直に高所から移動で撮ることは、「せやろがいおじさん」の政治批判メッセージ動画のドローン使用のように、皮肉かジョークにしかならない。そして、現実の船上の視線がどの高さにあるかは、この映画では観客に認識できないと思う。現実の時間にはカット割りもないから、「船の時間」は、なかなか伝えづらいものなのである。

そして、クジラの「目」を意味のあるものとして捉えているこの映画は、未消化なままクジラを「擬人化」しているという印象がある。ラマレラの人たちは、クジラと関わることで、自然の時空とつながる感覚を持っているとは思うのだが、決してクジラを「擬人化」はしない。「クジラの涙」をドローンで捉えるこの映画のラストシーンは、私には、たいへん違和感がある。

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