坂手洋二の「世界は劇場」
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画面に写ってしまう、あるいはその外にある、映画の「現実」

Sinenkiy / Getty Images

「写ってしまう」ことを心得た映画作り

『ドライブ・マイ・カー』は、不思議な映画で、ほとんど感想が残らない。プロットじたいはとても手垢(あか)がついているし、「だから何なんだ?」と思わせる展開の連続だが、そういう人もいたんだね、そういうこともあったんだね、と受け取る体験である。

いい部分では、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督(『冬の街』『雪の轍』)を想起した。日常に根ざした人間ドラマをどうスペクタクル化するか、という命題。言い換えるならば、画面には「写ってしまう」ことを知っている映画作り。あるいは、沈黙が沈黙として成立するという、確信犯。翻って、人物が冗舌かつ過剰に語り始めることの「異化効果」。

前のほうの席で見た。シネコンの画面は大きいから、画面のどこを見るかを自分が選ぶということができて、むしろ、よかった。何しろ演劇の話であり、海外に長期滞在して演出したことのある私自身の幾つかの経験が、鑑賞中によみがえったりもしたので、まあ私は、特殊な観客だったかもしれない。

「見せたいもの」を写す 旧来的な映画作り

そして、『MINAMATA-ミナマタ-』。

これはどうやら、作り手が写そうと思ったものを、写している。オーソドックスというか、古いというか。今まで通りの「映画」の作り方である。

ただ、見せたいものを写す、という場合、それが高じると、それが史実に基づいた作品であっても、より「見せたいもの」にするために物語を誘導し、「多少の事実の歪曲(わいきょく)は許される」という手つきが、強まってくる。

実在した主人公のカメラマン、ユージン・スミスは、妻のアイリーンと病院に不法に潜入、医者に変装して公害の証拠を探し、入院患者の写真を撮ったりしては、いない。オフィスで洋酒を嗜(たしな)むチッソの社長が、札束を手渡しユージンを買収しようとしたというのも事実ではない。70年代B級娯楽映画のようなノリに、驚かされる。

ユージンが仕事場にしていた暗室もある小屋を放火されたというのも、真実ではない。だから、後に焼失したはずの写真やネガが返されるというのも、架空のプロットである。失意の主人公が、被害者たちを集めてとうとうと思いを語ったりしたことも、なかったそうだ。他にも時系列で多くの違いがある。

逆に、公害のディテールや被害者個々人の関係性は「見せたいもの」の範疇(はんちゅう)に入っていないらしく、あまり具体的に伝わってこない。

エンターテインメントだから噓(うそ)も許される、という意見もあるようだが、事実を題材にして脚本を書く者は、現実の人物と出来事が存在するカセに耐え、そこから逆に発想して、ものを作るべきなのだ。事実を安易に歪曲することが容認されたのでは、この映画でしか「水俣病」やユージン・スミスを知らない人たちに、誤った情報を刷り込んでしまう。何より、チッソという一企業のみを糾弾し、全面的には非を認めようとしない、現在に続く「国家・自治体の罪」に触れていないのが、問題だと思う。

それでもこの映画の、観客に知らせたい、誠実でありたいという意思は、伝わってくる。日本で撮影されていないということも、否定的に考える必要はない。率直に言えば、できれば好意的に見たいのに、つらいなあ、というところである。やはり「フツーの娯楽映画」にしなくては、という縛りの問題なのだろう。

ユージン・スミスの戦場カメラマンとしての体験が日本に対するトラウマになっていたという設定のようだが、本人も大きな負傷をしたとはいえ、私の義母たちが逃げ惑ったサイパン、沖縄の戦場で、彼はカメラマンとして誠実に仕事をしたのだろうと思う。

そして、これはまったく私の個人的な感想だが、実在のユージンも、ジョニー・デップが演じる劇中のユージンも、どこか、松江時代のラフカディオ・ハーンを彷彿(ほうふつ)とさせる。異文化で育った者がやって来て、そう簡単に理解し合わなくてもいい、ズレはズレのままでもいい、それでも、土地に、人に、出会える、という境地。それはこの映画にも存在しているように見えるのである。

30年近く前、私は、サミュエル・フラー監督が日本で撮る予定のラフカディオ・ハーンを主人公にした映画のシナリオを依頼された。映画の企画は頓挫したが、同じ題材を劇化したものが、『神々の国の首都』(戯曲集『神々の国の首都 / 漱石とヘルン』彩流社刊・所載)である。もしも映画化が実現したとしたら、ハーン役にいまのジョニー・デップほど適任の俳優はいないと思う。

私がこの映画を冷静に見られない理由が他にもあるとしたら、ユージン・スミス、アイリーン夫妻と71年から74年まで水俣で行動を共にした、当時のユージンの助手・石川武志が、80年代後半に出会った、仕事仲間だからである。水俣での体験が、後の石川さんの仕事にどのように影響したか、思いを馳(は)せながら見ていた。残念ながら映画の中には、石川さんは登場しないのだが。

そして、アイリーン役の美波は、私が演出家・蜷川幸雄氏に「上演台本」を書き下ろしたガルシア・マルケス原作『エレンディラ』(2007)で、主人公のエレンディラを演じた。彼女はこのたびの抜擢(ばってき)で、大きく羽ばたくことになるだろう。チッソ社長役の國村隼さんも、その『エレンディラ』で、語り部のマルケスを演じている。因果は巡る、である。

映画の画面に写ってしまう、あるいはその外にある、「現実」に翻弄(ほんろう)された気がして、それは充実を伴う体験ではあって、やはり、映画は映画館で見るものだ、という気がしている。

     ◇◆◇

2021年8月にスタートした連載「坂手洋二の『世界は劇場』」は今回で終了します。長らくご愛読いただきありがとうございました。連載の過去記事はサイト上に残りますので、またぜひご覧ください。

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