ニッポン銭湯風土記
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「ええとこだっせっ」大阪・京橋の盛り場と、都会の奇跡「菊水温泉」

独特のオーラに包まれる菊水温泉の脱衣場。映画のワンシーンの中にいるような錯覚を覚える=大阪市城東区

旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。

庶民の盛り場、京橋の「魔力」にひかれ一杯

「京橋はっ、ええとこだっせっ♪」。京橋、と聞くと大阪人なら誰もがこのCMソングを思い浮かべてしまうのだが、たしかに京橋は“ええとこ”だ。昼間から飲める居酒屋や立ち飲み屋が駅の周囲をびっしりと埋め、どの店も安くてうまくて、よほどの用事が後に控えていない限り素通りすることは難しい。

昼からにぎやかな京橋の商店街
昼からにぎやかな京橋の商店街

私はその日の仕事を終え、風呂屋へ向かっていた。ビールは風呂上がりに飲むほうがうまいに決まっている。そう、わかっているのだが……いつも寄ってしまう居酒屋の前をなんとか振り切って角を曲がったところで「京屋本店」ののれんを見た瞬間、突如として「ま、ええか」の神が降臨し、気がつくと私はカウンターの人となっていた。ハスキーボイスの元気のいいおばちゃんが注文を聞いてくれる。大阪はちょっとしたものが何でもうまい。作るのはカウンター内の白髪頭のおっちゃんたち。それにしてもウオゼ(イボダイ)って、なんてかわいらしい魚なんだろう。京橋には「大阪の庶民」があふれている。

(上)京橋らしい手軽な居酒屋「京屋本店」(下)ウオゼ塩焼き250円。これとビール大瓶とイワシしょうが煮で1070円。ええとこだっせっ♪
(上)京橋らしい手軽な居酒屋「京屋本店」(下)ウオゼ塩焼き250円。これとビール大瓶とイワシしょうが煮で1070円。ええとこだっせっ♪

戦後の荒れ地から、ビジネスに特化した街へ

大阪の「キタ」「ミナミ」に次ぐ盛り場として、京橋かいわいは「ヒガシ」と呼ばれることもある。だがキタやミナミとの違いは、繁華街を抜けるととたんに表情が変わることだろう。

蒲生墓地北側の盛り場。安い立ち飲み屋やホルモン屋が並ぶ
蒲生墓地北側の盛り場。安い立ち飲み屋やホルモン屋が並ぶ
京橋駅の南西、寝屋川にかかる歩道橋を渡る
京橋駅の南西、寝屋川にかかる歩道橋を渡る

寝屋川にかかる歩道橋を渡る。このあたりはかつて東洋一の兵器工場といわれた大阪砲兵工廠(こうしょう)の跡地だ。米軍の集中爆撃を受けて大量の不発弾が残っていることから戦後長らく更地のまま放置され、ここに埋もれた金属を盗んで売る「アパッチ」と呼ばれる人々が暗躍する場となっていた。が、1970年以降はOBP(大阪ビジネスパーク)の開発が進み、高層ビルが林立する現在、かつての面影はない。

【動画】OBP(大阪ビジネスパーク)の街並み。夜間人口はゼロ

もっとも、昼間は多くの人が働く街ながら、夕方になるとその人々は粛々と駅へ向かい、夜間人口ゼロ、住民ゼロの無人街となる。川の北側の“ええとこだっせっ”の京橋とは対照的な、どこか不自然さの漂う場所といえる。ここが人の働く場として機能できているのは、横に京橋があるからに違いない。

林立するビルから、超郷愁の昭和の下町へ「ワープ」

(左)城見橋近くからは大阪城が見える。(右)バベルの塔を思わせる下水処理場の建物。右端に小さく銭湯の煙突が見える
(左)城見橋近くからは大阪城が見える。(右)バベルの塔を思わせる下水処理場の建物。右端に小さく銭湯の煙突が見える

線路下を東にくぐり、大阪環状線の外側へ出ると、大きなマンションが林立する住宅ゾーンとなる。だが、バベルの塔のようにそびえる下水処理場の建物脇の上城見(かみしろみ)橋を渡って中浜地区に入ると突然マンション群は姿を消し、道はゆるくカーブしながら下り坂となって昔ながらの下町風情が漂い始める。なんだか世界が変わったかのようだ。

上城見橋を渡ると街の雰囲気が変わる
上城見橋を渡ると街の雰囲気が変わる

前方に銭湯の煙突が煙を吐くのが見える。そちらへ近づき、お地蔵さんの祠(ほこら)の角を曲がると、ふいに胸がキューンとなるような超郷愁の昭和風景が展開する。

【動画】お地蔵さんの祠(ほこら)の角から菊水温泉へ。途中、釜場の前をのぞくと燃料の薪(たきぎ)が整然と並べられている

この小さな坂を下るとき、私はいつも時間が逆流するような感覚に襲われる。さっきまでうるさく感じていた幹線道路の騒音はまったく聞こえず、家路を急ぐ鳥たちの声だけが響いている。

この中浜地区は古くからの農村集落だ。周囲の水田が埋められ直線道路で区切られて住宅地で埋め尽くされてからも、ここだけはタイムカプセルのように昔のままの、ぐねぐねと迷路のように狭い路地が続く。大阪市中浜下水処理場のポンプ棟、通称「バベルの塔」は、まるでこの場所を隠すために建てられたようにも思えてしまう。

菊水温泉は「バベルの塔」(下水処理場のポンプ棟)によって隠れている
菊水温泉は「バベルの塔」(下水処理場のポンプ棟)によって隠れている

その古い集落に埋没するかのように、菊水温泉がポツンと残っている。さっきの動画とは別の、もう一つ南のれんがが敷かれた階段からのアプローチも味わい深い。日暮れどきにそこを歩くといつも夕餉(ゆうげ)の匂いが漂ってくる。私は未練がましく両方の路地を歩いてからやっとのれんをくぐった。

NEXT PAGE「穴の底」のタイムスリップ空間

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