いしわたり淳治のWORD HUNT
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「乱れた日本語」は創造的用法の裏返し? 我々は慣用表現にどこまで忠実であるべきか 〈いしわたり淳治×飯間浩明〉後編

&Mの連載「いしわたり淳治のWORD HUNT」の特別企画「ワードハンティングの極意」。連載50回目の節目に、いしわたり淳治さんと国語辞典編纂(へんさん)者の飯間浩明さんの対談が実現しました。

2人がワードハンティングのこだわりについて語り合った前編に続き、後編では互いに用意した質問をもとにトークを展開。「慣用表現にどこまで忠実になるか」「届く言葉と届かない言葉の違い」「普通の言葉の面白さ」といったテーマについて掘り下げてもらいました。(構成=柴那典)

▼対談前編
「その場で価値はわからない」言葉を近視眼的に評価しない「ワードハンティング」の極意 〈いしわたり淳治×飯間浩明〉前編

PROFILE

「乱れた日本語」は創造的用法の裏返し? 我々は慣用表現にどこまで忠実であるべきか 〈いしわたり淳治×飯間浩明〉後編
いしわたり
淳治

1997年、ロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビュー。全曲の作詞とギターを担当。2005年のバンド解散後は、作詞家・音楽プロデューサーとして数多くのミュージシャンを手掛け、音楽ジャンルを横断しながら通算700曲以上の楽曲に携わる。著書に『うれしい悲鳴をあげてくれ』『言葉にできない想いは本当にあるのか』(共に筑摩書房)など。

「乱れた日本語」は創造的用法の裏返し? 我々は慣用表現にどこまで忠実であるべきか 〈いしわたり淳治×飯間浩明〉後編
飯間浩明

国語辞典編纂者。1967年、香川県高松市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。同大学院文学研究科博士後期課程単位取得。2005年に 『三省堂国語辞典』編集委員に就任し、第6版以降の編纂に携わる。 主な著書に『辞書を編む』(光文社新書)、『ことばハンター』(ポプラ社ノンフィクション)、『知っておくと役立つ街の変な日本語』(朝日新書)、『日本語をもっとつかまえろ!』(毎日新聞出版)など。

間違っている言葉なんて本当にあるのだろうか

<いしわたり淳治さんから飯間浩明さんへの質問>

会話していて相手が言葉の使い方を間違えていると、指摘したくなりませんか? そんなふうに、日常生活において職業病というか、支障が出ているなと感じることはありますか?

飯間:これはよく言われるんですが、私は全くそういうことがないんです。取材に来られた記者の中にも「間違った言葉遣いをしたら指摘されるんじゃないかと思ってビクビクしていました」とおっしゃる方がいらっしゃるんですけれども。

私自身は辞書を作っている人間として「間違っている言葉なんて本当にあるのだろうか」という疑問を持っています。言葉は、一人ひとりがクリエーティブに使うものであって、既存の言葉を伸ばしたり縮めたりして変形させることもある。言いたいことになかなか言葉が近づかないときには、普通はしない言い方もする。それに対し、「その言い方は間違っている」とか「乱れた日本語です」とか、そういうことばかりを言っていると、言葉を創造的に使うことができなくなってしまいます。

よく使われる慣用的な表現だけを用いて言葉を使おうとすれば、これまでに言われてきたこと、これまでに考えられてきたことしか表現できない。それでいいのか、という話です。いしわたりさんは、リスナーや聴いている人から「この言葉の使い方はおかしい」と批判されたことはありますか?

いしわたり:そういう批判はないかもしれないですね。作品って、曲がりなりにも芸術作品のように捉えられることが多くて。その辺は甘えさせてもらっているのかもしれません。コラムの原稿などには、編集部から表現について指摘を受けることもあるので、「正しい日本語はこうなんだ」って毎回勉強しています。

「乱れた日本語」は創造的用法の裏返し? 我々は慣用表現にどこまで忠実であるべきか 〈いしわたり淳治×飯間浩明〉後編
緊急事態宣言中だったため、対談はオンラインで行われた

対象を広げるほど表現が凡庸になる

<飯間浩明さんからいしわたり淳治さんへの質問>

ネットでは、多くの人の注意を集めようとして、独特の表現が次々と生まれています。記事のタイトルを「誰々が何々した理由は?」などと疑問形にして、関心を集める手法もあります。でも、「狙った表現」が必ずしも関心を引くとは限らないし、かえって何げないことばが人の心に届くこともあります。心に届くか届かないか、その分かれ目はどこにあると思われますか。

いしわたり:作詞家の観点で話すとするならば、なるべく多くの人に当てはまるような表現を選ぶと、凡庸な表現が多くなってくると思います。もっとエッジが立った、受け取る人が限定されるような表現をすることによって、届く層は限られるけれど、届いた場合に刺さるものになる。誰にでも届く表現というのは、実際にはあまり多くなくて。ある程度相手を限定して、言葉の言い回しによって反応する人たちを選んだり限定したりすることによって、届く、届かないが決まってくる気がします。

飯間:誰にでも当てはまる言葉を使おうとすると、本当に紋切り型になってしまいますよね。式典のあいさつのように、どこでも使える具体性のない言葉になってしまう。

いしわたり:たとえば、知っている人と道ですれ違ったときにも「いい天気ですね」と言うより「その靴ヤバいね(=イケてるね)」って言ったほうが、話がはずんだりする。その人にだけ通じる表現をするというのが、今の時代の「刺さる」とか「届く」ということと密接に関係しているんじゃないかと思います。

飯間:ただ、誰か特定の人に届けようとした言葉が、かえって、みんなに届くということもあるんじゃないでしょうか。

いしわたり:おっしゃる通りですね。たとえば「うっせぇわ」という歌がどう生まれたのか僕にはわからないですけれど、あの歌が流行(はや)ったということは、多くの人に「うっせぇわ」と言いたい気持ちがあったと思うんです。

飯間:あの曲の歌詞は、若い社会人が年上の教えたがりの人物に向かって「うっせぇわ」と反発する、とても限定されたシチュエーションを表現していると思います。けれど、実際には、子どもたちがその歌を歌っている。

いしわたり:子供が親に口答えするときに歌う歌になっているわけですね。

飯間:歌を聴く多くの人が、本来は自分に関係ないはずの言葉を、自分ごととして受け取る。それが歌詞の力なんでしょうね。

いしわたり:なぜかわからないですけれど、言葉って、メロディーに乗ると、単なる言葉の意味を超えて、また違う力を持ったりするんです。

飯間:私も、いしわたりさんが歌詞を書かれた手嶌葵さんの歌を聴いて、思わず感情移入しました。たとえば「ただいま」を聴きながら、自分が主人公の女性になって、誰もいない部屋で立ち尽くしている気持ちになった。そこが不思議です。

いしわたり:曲を聴いていて、関係ないはずなのに自分の歌に聴こえるというのは、聴いているあいだに心が拡大しているんだと思います。自分の中にある経験や感情が呼び起こされる。「あの時の彼女ってこういう気持ちだったのかな」というように、何らかのスイッチが入って、聴き手の心が拡大して、そこに引っかかるんじゃないかと思います。

飯間:たしかにその感覚はあります。曲を聴いているうちに、トリガーがひかれるんですね。聴いているあいだ、自分が自分でなくなって、心が拡大していく。そういう不思議な気持ちになるというのが、曲の魅力なのかもしれませんね。

NEXT PAGE表現のワンパターン化を防ぐコツは?

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