ニッポン銭湯風土記
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東京・三河島で出会う「江戸」の幻影(前編) 帝国湯

旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。

【動画】富士山のペンキ絵は故・早川利光絵師が亡くなる年に描いた貴重なもの。はげ落ちないよう樹脂で保護されている

駅徒歩10分圏に6軒、知る人ぞ知る銭湯密集エリア

銀座、新宿、渋谷、池袋……東京のこれらの地名を知らない日本人はいない。でもそれとは別に、銭湯が好きな人たちの頭の片隅には、ポッと明かりをともすようにインプットされている東京の地名がある。それは三河島(荒川区)だ。JR常磐線の三河島駅から徒歩10分圏内に6軒の銭湯が密集している。そして私の知る関西の銭湯好きには、東京で一番印象に残った銭湯として「三河島の帝国湯」の名を挙げる人が多い。広い東京には数多くの多様な銭湯があるが、帝国湯の何が人をひきつけるのだろう。

狭い通りにあり、正面まで来ないとここにこんな立派な銭湯があることには気がつかない
狭い通りにあり、正面まで来ないとここにこんな立派な銭湯があることには気がつかない

「コリアンタウンと銭湯」は東西共通?

三河島の駅前にはにぎやかに飲食店がひしめいているが、中でも目立つのは韓国料理店だ。地元の人に聞くと、このかいわいは新大久保と並んで古くからのコリアンタウンとして知られているらしい。他に中華料理やインド・ネパール料理の店がいくつもあって、それらはすしやそばなど和食系の数をはるかにしのいでいる。そのため街にはいろんなスパイスのにおいが漂っている。

韓国食材店も何軒かあり地域に根付いている
韓国食材店も何軒かあり地域に根付いている

ちなみに関西でコリアンタウンといえば大阪市の生野区だが、そこは日本で最も銭湯密度の濃いエリアでもあり、大阪を代表するレトロ銭湯の源ヶ橋(げんがはし)温泉も生野区にあった(2019年に休業、のち廃業)から、関西人にはこの取り合わせはなんとなく納得できる。

下町の路地に突如出現、圧倒的な「空間力」

駅前から2分も歩くと飲食店は途切れ、古びた民家がひしめく中を狭い道が不規則に交錯する下町風景となる。下校途中の小学生たちが道路の真ん中をふざけながら帰っていく。そんな場所に突如として、堂々たる入母屋(いりもや)造りに起(むく)り破風玄関の帝国湯が現れる。1916(大正5)年、まさに大日本帝国時代から続く銭湯だ。

古い銭湯ながら統一ロゴなどのセンスがまた渋い
古い銭湯ながら統一ロゴなどのセンスがまた渋い

「手以古久(ていこく)」と漢字を当てられた渋い色ののれんをくぐって一歩足を踏み入れるや、他の地方から来た人は「これが東京の銭湯か!」との衝撃を感じずにはおれない空間が展開する。

高い木製番台に座るシャキッとした女将(おかみ)に入浴料金を手渡し、脱衣場を見回す。東京銭湯初体験の人なら、天井の高さにまず驚かされるだろう。普通の建物の2階の天井くらいまで縦長の空間が広がっていて、思わず深呼吸してしまいそうだ。

高い格天井(ごうてんじょう)の空間。脱衣箱の上に桜の枝が生けられている。古い柱時計の両側には1952(昭和27)年に再建された時の「入浴者心得」
高い格天井(ごうてんじょう)の空間。脱衣箱の上に桜の枝が生けられている。古い柱時計の両側には1952(昭和27)年に再建された時の「入浴者心得」
折り上げ天井の隅は「えび」と呼ばれる曲線の細工が施されている
折り上げ天井の隅は「えび」と呼ばれる曲線の細工が施されている

震災や戦災のたびに大きく破損し、現在の建物は1952(昭和27)年に建て替えられたものだが、創建当初の姿がほとんどそのまま丁寧に維持されている。がっしりと組まれた折り上げ格天井(ごうてんじょう)、ニスで光る板張りの床、男女隔壁の大鏡と磨き丸太、建物を囲むように配置された庭……。それらはすべて典型的な東京銭湯の伝統スタイルで、高い技術を持つ職人が魂を吹き込んだかのような迫力がある。「東日本大震災の時も、壁にひび一つ入らなかった」と女将は言う。

番台と踏み台。丸かごも関西ではほとんど見られない
番台と踏み台。丸かごも関西ではほとんど見られない
窓が多く開放的な脱衣場空間(女湯)。ロッカーだけが新しい
窓が多く開放的な脱衣場空間(女湯)。ロッカーだけが新しい
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