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尾上右近さん「空気づくりの職人になりたい」 3歳の時の感動が色褪せない理由

和装で稽古場に現れた。「こんなの3分で着られちゃいますよ」と笑顔を向けてくれた尾上右近さん(29)に正座をお願いすると、瞬時に場の空気が変わった。凛(りん)とした空気に、取材陣の背筋もシャンと伸びる。

今、注目の若手歌舞伎俳優。11月の歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎(きちれいかおみせおおかぶき)」では第三部『花競忠臣顔見勢(はなくらべぎしのかおみせ)』に出演。12月は『男女道成寺(めおとどうじょうじ)』『ぢいさんばあさん』に出演する。10月から歌舞伎座に3カ月連続で出演する一方、ミュージカルや映画、ドラマ、バラエティー番組への出演も相次ぎ、ここ数年の活躍は目を見張るばかりだ。

歌舞伎愛があってこその“二刀流”

『花競忠臣顔見勢』は歌舞伎の三大名作狂言の一つ『仮名手本忠臣蔵』でも有名な「忠臣蔵」の世界を凝縮した“外伝”を描いたことで、本筋を浮き上がらせた。右近さんは言う。

「『忠臣蔵』のダイジェストですから、なるべく短い時間で旨みを出すという意味で、この作品のテーマは“圧力鍋”のようなものだと思っているんです。歌舞伎や『忠臣蔵』を見たことがないお客様でも、歌舞伎にとって大事な忠臣蔵のエッセンスを感じてもらう、筋を理解してもらう、共感してもらうということが非常に重要なことなのかなと思っています」

見どころは、今後の歌舞伎界を背負って立つ花形俳優の競演だ。右近さんは物語のキーとなる顔世御前(かおよごぜん)と、塩冶判官(えんやはんがん)の敵討ちを遂げる忠臣・大鷲文吾(おおわしぶんご)という重要な役を勤(つと)めるが、役どころを尋ねると話が止まらない。歌舞伎愛に圧倒された。

そんな右近さんには歌舞伎俳優以外にも清元(きよもと)としての顔もある。清元宗家の家に生まれ、2018年1月には「七代目清元栄寿太夫(えいじゅだゆう)」を襲名しているのだ。清元とは、主に歌舞伎の伴奏音楽のこと。演者と、歌い手である清元という“二刀流”を貫くのは、歌舞伎400年の歴史の中で右近さんが初めてだ。

尾上右近さん「空気づくりの職人になりたい」 3歳の時の感動が色褪せない理由

清元宗家の家に生まれた右近さんはなぜ、歌舞伎俳優になれたのか。

右近さんは1992年5月28日、清元宗家七代目清元延寿太夫の次男として生まれた。曽祖父は名優として名高い六代目尾上菊五郎。母方の祖父に俳優・鶴田浩二がいる。宗家に生まれながら名優の血も色濃く引く彼が、歌舞伎に魅せられたのは必然だったかもしれない。3歳の時、その曽祖父・六代目菊五郎の歌舞伎の舞踊『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』に釘付けになった。以来、鏡獅子への憧れは強まるばかり。だが、やがて鏡獅子を踊れるのは、歌舞伎俳優という職業なのだと理解する。物心がつくと自分の家は清元であって、役者ではない家なんだということにも気づいた。だが、子どもだった右近さんは思う。

「どうすれば舞台に立てるのだろうか、『鏡獅子』ができるのだろうかとずっと考えていました。現実的な問題よりも『鏡獅子』への憧れの気持ちのほうが断然大きかったんです」

2000年、7歳の時に歌舞伎の舞台を踏むチャンスが降ってきた。右近さんの歌舞伎への思いを知った故・十八代目中村勘三郎さんが舞台へ立たせてくれたのだ。やっぱり歌舞伎は面白い。ますます歌舞伎に魅了された右近さんは七代目尾上菊五郎さんの元で歌舞伎の修業を重ね、05年1月、12歳で歌舞伎俳優、二代目尾上右近を襲名した。

「僕はそのとき初めて、清元という家に生まれながら跡を継がずに、“跡継ぎ”という人生を棒に振って役者を選ぶんだ、と気がついたんです。でも、役者をやりたいという気持ちが固まった後だったので、清元については後から考えるしかなかった。ましてや尾上右近という名前をいただくのですから、あとには引けませんでした」

尾上右近さん「空気づくりの職人になりたい」 3歳の時の感動が色褪せない理由

どこかで清元の家に生まれた自分の人生に折り合いをつけるタイミングはあると思っていた。当時は俳優をしながら清元を継げる可能性は考えられず、自分の子どもか兄(清元の三味線方、清元斎寿)の子どもに継がせるのか、あるいは、役者として清元をプロデュースしていく、具体的に言えば、清元の舞踊作品を大事に勤めていき世に残していくことなのか……。

「まさか歌舞伎俳優と清元を両立ができる日が来るなんて、夢にも思っていませんでした」

右近さんはそう振り返るが、それは父である七代目清元延寿太夫も同じ思いだっただろう。それなりに衝突もあったなかで結局、息子は歌舞伎俳優を選んだ。後継者であるはずの息子が歌舞伎俳優になるのは想定外だったに違いない。

「父は清元宗家七代目清元延寿太夫を30歳で襲名しましたが、『さぁ、これから』というときに先輩たちが早く亡くなるなど、芸を受け継ぐことに対する難しさ、孤独を抱えていたと思うんです。さらに、自分の芸というものがようやく熟してきて、今度は自分が芸を受け継がせたいと思った時に、まさか子どもが役者をやりたいと言い出した。父は教えてもらえないという孤独と、受け継いだものを受け継がせられないという孤独に挟まれた人生だったと思います。父から生を受けている身としては、父の孤独を何とかしなくちゃいけないなという思いもありました。もちろん、そんなことは父には話していませんが……」

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