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店頭で思わず涙する。木版画「ドキュメンタリー絵本」作家の集大成

撮影/猪俣博史

『手島圭三郎全仕事』

北海道在住の木版画絵本作家の手島圭三郎さんは、86歳を迎えた今年の春、ご自身の40作目にあたる『きたきつねとはるのいのち』を刊行し、この作品をもって引退をお決めになりました。この夏にはNHK BSで、その後同じくNHKの「日曜美術館」で放映されたドキュメンタリー番組によって、改めて手島さんの作品を手に取り、その魅力に心酔する方が増えています。

当店児童書コーナーでは数年前に手島さんの木版画絵本の原画展を「版画に生きる」というテーマを掲げて開催しましたが、「版画に生きる」北国の生きものたち、そして「版画に生きる」手島さんの人生、今回ご紹介する本『手島圭三郎全仕事』ではこの二つの意味を知ることができます。

まず「第一部 作品編」では、『しまふくろうのみずうみ』『きたきつねのゆめ』『おおはくちょうのそら』など国内外の絵本賞を受賞した代表作5作品、アイヌの物語世界「カムイ・ユーカラ」シリーズ5作品、そして独特の世界観を持つ「幻想シリーズ」3作品、これらは実際の絵本の文章と絵がすべて掲載され、また他の全作品も抜粋画像と内容が紹介されています(この本の刊行後の作品は含みません)。

北海道の原野を背景に懸命に命をつなぐ生きものたちの姿は、文中で「ドキュメンタリー絵本」と称されているように、そこには擬人化や童話に置き換えられることのない、ありのままの動物の生態が描かれています。

~動物は人間と同じように知恵を使い、いかにいのちを育んでいくか。むしろ人間が動物から学ばなければならないような世界が、目の前にあるということを強調する。

p.236

シマフクロウやキタキツネ、オオハクチョウの他にも、ユキウサギ、アザラシ、エゾリス、ラッコ、クロテン、クマゲラ。前述のNHKの番組内では、北国の森や雪景色、夜空の中の生きものたちの輪郭を、手島さんが一度も手を止めることなく一気に彫り上げる作業風景を映していました。一度でも彫刻を経験したらわかるように、一彫りの失敗が許されない、緊張を伴いながらも迷わず刻むことができるのは、長年生きものたちと向かい合い鍛え上げられた、手島さんならではの技です。

「第二部 木版画家手島圭三郎とともに」では、手島さんがどのように木版画絵本作家として生きることを貫いてこられたのか、手島さんご自身による語りを加えて記されています。20年間に及ぶ教員生活との二足のわらじを終えて版画家として独立後、自分の表現方法を模索していた手島さんはある日、地元の人しか知らない森の奥の湖に案内されます。その風景から生まれた『しまふくろうのみずうみ』が絵本にっぽん賞を取り、手島さんは生まれ育った北海道の大自然を表現することを決意します。でもそれは当時の仲間や批評家からは決して賛辞ばかりではなかったと、本文中や番組内でも吐露しておられます。

にもかかわらず、手島さんは版画という手法で、ご自分の生きている足元の自然を表現するスタイルを貫きます。一年中同じ近所の公園を歩き回り、季節の移ろいを全身で感じ、そこで見聞きする生きものたちの姿が手島さんの制作の原点です。

いつも森に来て不思議に思うことがあります。それは私が少年時代に体験した、森の感触と現在のそれが、少しも変わらないということです。世の中は大きく変化し、これからもますます変わっていくでしょう。しかし、森の中の世界は、タイムカプセルでも覗(のぞ)くように変化を停止しているのです。樹間の青空も、鳥や虫の声も、吹き抜ける風も当時のものです。これは大自然の力の偉大さであり、自然の中では、人間の力なんて取るに足らないひ弱なものであることを教えてくれます。

p.253

寒さに向かうこれからの季節、ふと不安や孤独を感じる夜に手島さんの絵本を開けば、そこには凍(い)てつく北国の大自然や懸命に命をつなぐ生きものたち、そして手島さんの一意専心の版画。「ただ懸命に生きればいい」という風にも思えるメッセージは、店頭で手島さんの絵本を手にして、思わず涙をこぼされる方がいらっしゃる理由かもしれません。

店頭で思わず涙する。木版画「ドキュメンタリー絵本」作家の集大成
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PROFILE
川村啓子

かわむら・けいこ
湘南 蔦屋書店 児童書・自然科学コンシェルジュ
読書といえば小説が主で大学も文学部、ずっと「人間のこと」ばかり考えてきましたが、このお仕事に出会ってからは「人間以外のこと」を思う時間が増えました。いま気になっているのは放散虫。「自然界は美しいものだらけです」

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