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何でもない、でも特別な場所。台所探検家とめぐる世界のキッチン

撮影/猪俣博史

『世界の台所探検』

私は、本に囲まれて仕事をするようになり7年が経とうとしています。書店には、毎日多くの本が入荷してくるので、朝一番に本が詰まった箱を開ける作業は、ちょっとした楽しみの一つでもあります。以前より気になっていた本、タイトルや帯に書かれている文字に興味を持つ本、表紙に写るイラストや写真に惹(ひ)かれる本など、手にしたときの思いはさまざまです。そして、出会った一冊。今回ご紹介する本は、岡根谷実里さん著『世界の台所探検』です。

表紙に掲載された写真は、どこの国の台所でしょうか? 鮮やかなオレンジ色のキッチンの壁にはいかにも収納力がありそうな棚が付いていて、シンクの向かいにある大きな窓からは、気持ちの良いグリーンとともに明るい陽(ひ)が差しています。そして、日本ではあまり見かけないような、素敵なデザインの水道栓から注ぎ出る水をくんでいる女性の姿。帯に書かれた「台所探検家」の文字。本を読む前から、どこか心弾ませる要素が詰まっているように感じられました。

著者の岡根谷さんは、以前はクックパッドに勤務されていたそうです。料理にまつわることに関心を寄せられるのは自然な流れのようにも思いますが、実は世界中の一般家庭の台所をまわる「台所探検家」として活動するようになった大きなきっかけは、大学時代に過ごしたケニアでの体験であったと冒頭で触れられています。

人々が不本意な境遇に直面しても、夕飯の食卓を囲む時間だけはみんなが笑顔で過ごしている姿を見たとき、ご自身が幼少期に過ごした時間と共通している、と感銘を受けたそうです。毎日の食卓には、同居されていた祖母と母が作ったおかずが並び、叱られたり嫌なことがあったりしても、祖母が話を聞いてくれ、ひとときの安心感を得られた――。この時間は台所探検家としての原点だったに違いありません。

本書では、アジア、ヨーロッパ、中南米、アフリカ、中東など世界の国々の一般家庭の台所を巡る岡根谷さんの旅が紹介されています。驚いたことに、基本的にあまり詳しくは滞在先の国について調べることをせず、知人の紹介や直接コンタクトを取るなどしてホームステイ先を決めているそう。それもあって、ホストファミリーも身構えることなく、ありのままの姿で岡根谷さんを迎え入れていることが伝わります。その土地ならではの日常の台所。受け継がれてきた家庭料理。飾ることのない食卓の風景。ページを読み進めると、読者にもストレートに伝わるこの本の魅力はさまざまで、楽しみ方も何通りもあるように感じられます。

例えば、いくつもの国の家庭料理のレシピを楽しめること。キューバの国民食でブラックビーンズを使用した「フリホーレス」をはじめ、ご飯とヨーグルトという意外な組み合わせのヨルダン料理「マンサフ」、パン好きの方にはたまらない「焼いたパプリカの甘さがハチミツのよう」と記されているブルガリアの「リュテニツァ」……。他にも材料や作り方まで分かりやすくレシピが紹介されているのはうれしいところです。

二つ目は、アフリカのスーダンで登場する、テーブルにもなればお皿としても使える万能な道具「スィニア」のように、その土地ならではの調理道具や市場紹介のページは、日本とは違う風景に旅気分を楽しむことができるかもれしません。

そして、さまざまな国の台所でホストファミリーや知人とともに一緒に台所に立ち、料理をし、食卓を囲む時間から得た岡根谷さんの気づきを通して、料理の楽しさはもちろんのこと、その国の社会背景や受け継がれてきたもの、人びとのありのままの暮らしを垣間見ることができるのは、この本の最大の魅力です。

台所探検で出会いたいのは、その家庭で笑顔を生んでいる何でもない料理。目を引くからではなく、その人が楽しんでいる料理に、これからもたくさん出会っていきたいと思う。

いま、私が子供だった頃の母を思い出すと、真っ先に思い浮かぶのは台所に立つ姿。そして記憶に残るのは、大人になってからいつか聞いた父の言葉。「仕事で帰る時間は違うから、家族で夜ご飯をいつも一緒に食べることはできないけれど、代わりになるべく朝ごはんは一緒に食べるようにしていた」――。台所には、たしかに今まで歩んできた時間やたくさんの家族の思いが詰まっていて、一冊を読み終えたころ、家族の朝ごはんを作るために台所に立つと、不思議と少し、いつもの台所からの風景が違って見えました。

何でもない、でも特別な場所。台所探検家とめぐる世界のキッチン
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PROFILE
藤井亜希子

ふじい・あきこ
湘南 蔦屋書店 旅コンシェルジュ
旅行会社勤務時代は、海外ホテルやオプショナルツアーなど現地への手配を担当。その経験を生かし、ハワイ・北欧・フランス・イギリスなどを中心に、旅行書の選書をはじめ世界各国の自然や文化、人々の暮らしなどその土地にまつわるフェアや旅行イベントを提案。プライベートでは、自他ともに認めるハワイラバー。

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