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歴史にほんろうされた国 セントロ・デ・ポルトガルで感じた「サウダーデ」

「新カテドラル」があるならばもちろん「旧カテドラル」もある。初代ポルトガル王アフォンソ・エリンケスの名によって12世紀に設立。時代はムーア人(イスラム教徒)に占領された国土を奪い返す「レコンキスタ」まっただ中で、ここは首都だった。そのせいか聖堂というより要塞(ようさい)のような外観だ。

コインブラの下町ソフィア地区の目抜き通り
コインブラの下町ソフィア地区の目抜き通り

アルタ地区とソフィア地区を結ぶ階段を下りる。隆起した地形に張り付くような石畳、壁のように高い歴史あるビル群に見守られてコインブラ大学の学生気分で歩いてみた。圧迫感さえ感じる建物が保護者のようだ。確かに、考え事をしながら歩き回るのにぴったりかもしれない。

最後の国王が亡命3年前に建てた離宮 ブサコ

ポルトガルはアフォンソ・エンリケスの「自称」から始まった国だ。

レコンキスタで奪い返した領土に次々と王国が生まれていた1139年、アフォンソ・エンリケスがゲルマン民族の慣習にのっとって「王」を自称した。現スペインのカスティーリャ王国から一方的に独立する形だったが、カスティーリャ領へ侵入しないことを条件に1143年に容認された。しかしキリスト教国であるにもかかわらず宗教的儀式を行わなかったとしてローマ教皇にも良く思われず、正式に王位を認められるまで36年もかかったそうだ。

その後も、ポルトガル王国は2度ほど、イベリア半島から消えている。1度目は1580年、世継ぎをつくらなかったドン・セバスティアン王がモロッコでイスラム軍に大敗。遺体は見つからなかったが戦死とされた。これがきっかけでポルトガルは衰退し、スペインに吸収される。

重税に苦しみなんとか独立するも、1807年にフランス・ナポレオン軍の侵略で摂政ドン・ジョアンが王族とともにブラジルへ逃げてしまうのだ。これが2度目の喪失。残された国民はイギリスと連合軍を組んでフランス軍と応戦。ブサコの地で3度フランス軍を退き侵略を免れたが、今度はイギリス軍が居座り苦しい時代が続く。1820年、自由主義革命でイギリスが撤退し国王はやっと帰国した。

最後の国王となったのはマヌエル2世だ。1908年、植民地拡大に苦戦し財政難が続く国政に不満が高まり、過激な共和主義者たちが国王と皇太子を暗殺。一命をとりとめた次男のマヌエル2世が18歳で即位した。しかし2年後の1910年には共和革命が起こり、マヌエル2世はイギリス領に亡命。ポルトガル共和国になった。

ブサコ国立公園にはマヌエル2世が狩猟のために建てた離宮がある。ネオ・マヌエル様式といわれる建築は細に入る彫刻が施され、特に大階段のアズレージョが圧巻。1階に描かれているのが3度フランス軍を退けたブサコの戦いだ。

アズレージョに描かれたブサコの戦い。ポルトガル軍に背を向ける十字軍が描かれている
アズレージョに描かれたブサコの戦い。ポルトガル軍に背を向ける十字軍が描かれている

完成は1907年だったため、使われることはほとんどなかったそうだが、現在「パレス・ホテル・ド・ブサコ」という五つ星ホテルになっており、宿泊やレストラン利用が可能。王や王妃の部屋に宿泊することもできる。ベッドや家具はすでに失われていたが、同じ時代のものを取り寄せるなどして復元している。博物館クラスの調度品に囲まれて眠るのだ。

宿泊はしなくても予約でレストラン利用も可能。ポルトガル中部地方の名物「子豚の丸焼き」がしゃれたアレンジでサーブされた
宿泊はしなくても予約でレストラン利用も可能。ポルトガル中部地方の名物「子豚の丸焼き」がしゃれたアレンジでサーブされた

冬の霧、最後の国王の離宮で感じた切ない「サウダーデ」

ブサコを訪れた日、深い霧が出ていた。ポルトガルといえば、パキッとした太陽のイメージがあったが秋から冬にかけては雨期といわれ、こんな天気になることもある。

ポルトガル人は深い霧が出ると「おっ、セバスティアンが現れるのでは?」というそうだ。セバスティアンとは最初にポルトガルを消滅させた原因のあのドン・セバスティアン王だ。遺体が見つからなかったセバスティアンは死んだのではなく、敗退を恥じて隠れており、ポルトガルが本当の危機に面しているとき助けに来てくれるらしい。16世紀に起こった「セバスティアニズモ」というメシア思想だが、現代のポルトガル人は都市伝説のような常套(じょうとう)句にしており、「霧が深いときに出かけると、あのセバスティアンみたいに行方不明になるかもよ」とちゃかしたようにも使っていた。

パレス・ホテル・ド・ブサコの客室バルコニーから庭を望んだ
パレス・ホテル・ド・ブサコの客室バルコニーから庭を望んだ

温暖といわれているポルトガルの冬でも、霧が出るような天気なら肌寒い。ひんやりとした石の手すりに寄り添い、かすむ庭に目をこらす。

世界史にポルトガルが登場するのは大航海時代の最初だけだ。ローマやスペインの陰に隠れ続け、七つの海を制しても先行者利益はあっという間に持って行かれる。かつての植民地帝国もカーネーション革命を経て近代化し、1999年には最後の植民地だったマカオも返還した。

とても小さな国だけど、島国の日本とは違い、ヨーロッパの最西端に飛び出した場所柄、追い詰められるような形で近隣国の影響を受けやすい。戦い、逃げて、準じるしかなかったのだと思うと、独特の切なさが旅行者のわたしの胸も締め付ける。郷愁、思慕、懐古。確かにどれもしっくりとこない。

もしもこれが「サウダーデ」だとしたら、最後の王の離宮で感じるなんて、これ以上の場所があるだろうか。

フォトギャラリー(本文以外の写真をクリックして次々ご覧いただけます)

次回、ポルトガル人気の首都リスボンを歩いて、食べます

【取材協力】ポルトガル政府観光局

■ポルトガルの旅バックナンバー
「西の果て」はきっと文化の風上 ポルトガル「発祥の地」ポルトを巡る

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