〈246〉仕事も同じ双子の姉妹。引っ越し3日前の回想

〈住人プロフィール〉
26歳(女性)・会社員
賃貸マンション・1DK・半蔵門線 清澄白河駅(江東区)
入居2年・築年数8年・妹(26歳、会社員)とふたり暮らし
◇
「思い出づくりに取材に応募した」という彼女は、双子の妹とのふたり暮らしを3日後に解消する。彼女は恋人と暮らすため、妹は結婚のため。ただし妹は、夫のいる愛知にいずれ引っ越す予定。しばらく母がひとり暮らす都内の実家に戻り、別居婚になるそうだ。
26歳の彼女たちは、職種も同じ広告営業職で、会社は違うが両方丸の内エリアにある。
「大学は別々ですが、昔からふたりとも映画や漫画やキャラクターグッズが好きで。たまたまマスコミ志望が重なったのです。不規則で忙しいときは食事も適当。接待の会食や、疲れ果てて外食ということも多く、同じ生活リズムだったので楽でしたね」
ふたりは24歳まで実家で暮らしていた。都内といえども会社まで50分かかる。帰りが遅くても食事を作って待っている母に「申し訳ない」という気持ちが募っていった。
「そろそろ出とくかーという空気感がふたりにあって。互いの会社に近い清澄白河にいい感じの部屋を見つけたので、じゃあ一緒に住もうと。母は寂しかったかもしれないけど、私たちの意志を尊重してもらいました」
ところが、暮らし始めたのとほぼ同時に、コロナでリモートワークを余儀なくされる。せっかく会社の近くに越したのに思わぬ誤算だったのでは――。
「いえ、それが生活も規則正しくなって、コロナで逆に良かったのかもと思うくらいなんです。今は一緒にダイニングテーブルで仕事をして、ズームの会議のときはひとりがベッドに移動。20時ごろ仕事を終えたら鍋を作ったり、ふるさと納税でもらったお刺し身で乾杯したり。その後はネットフリックスやアマゾンプライム見てぺちゃくちゃおしゃべり。うっとうしさはまったくなく、楽しいことばかりでした」
1DKでも煩わしさがないとはやはり双子だからかと、安易に想像してしまう。
2年経て賃貸の更新の時期が来たので、「互いに彼氏もいるし、この生活はやりきったよね」とすんなり引っ越しが決まったとのこと。
妹は結婚する。ふたりがひとつ屋根の下で暮らすのはこれが最後だ。「今は荷詰めに忙しくて、しんみりする時間がないんですよね」と姉は笑った。
キッチンカウンターの袖には、妹が付箋(ふせん)に描いた姉の似顔絵が何枚も貼られている。「ああそれ、姉のスッピンってすごい面白い顔なので落描きしたんです」
社会人4年目。26歳の双子の姉妹というのはこうも仲がいいものかと、ふと素朴な疑問を抱いた。謎は、姉のこんな言葉から不意に解き明かされた。
「幼い頃から父がお酒を飲むと荒れて大変でした。夫婦仲も悪かったのでよけいにきょうだいが助け合って、普通の姉妹よりは相手のことがわかるっていうか、絆が強いかもしれません……」
この取材の前に、ふたりで父のことを話すか相談したという。
「やっぱり話すことになっちゃいましたね」。彼女は肩の力を抜くようにさっぱりした表情で言った。傍らの妹も穏やかにうなずく。
父は去年亡くなった。ひとり暮らしのアパートで、死後何日か経ってから発見されたらしい。

不思議な一日
ふたりが中学3年の時から、父はアルコール依存症で、入退院を繰り返していた。
別居し、母が離婚の手続きを進めていた最中の2021年6月。朝7時に母から訃報(ふほう)を聞いた。妹は姉の表情を見て即座に状況を悟ったという。
「悲しみでも衝撃でもない。その日は不思議な雰囲気でふたり、ぼーっとしながらベッドにいましたね。あー、ホントに死んじゃったねって」
小さな頃から、ふたりで何でも話してきた。ときには、父がいなくなってほしいと願ったこともある。しかし、実際は「思ってたよりも早くこの日が来た」というのが実感だ。
「この事実をありのまま受け止め受け入れて今に至ります」
彼女の淡々とした口調に、むしろ簡単には語れぬ長い歳月の重みがにじむ。亡くなって約半年、いやもっとその前から父という人に心の区切りをつけていたように見えた。
「母の人生はまだ20年も30年もあります。これからは自分の人生を自由に楽しんでほしいというのが私たちの願いです」
ふたりにしかわからない気持ち、ふたりだから繕いあえる傷もある。父の死も含めた2年間の同居は、必要な時間だった。
2カ所への片付けが進む台所は、ふたりの人生の最後の交差点だったのだなと思う。
