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城の起源、弥生時代の環濠集落 吉野ケ里遺跡

吉野ヶ里遺跡の南内郭に復元された物見櫓(やぐら)

政治の中心地「北内郭」と主祭殿

その後、南内郭が掘り直されて「北内郭」もつくられ、大型建物が建てられた。発掘調査によれば、北内郭は二重の環壕で囲まれ、16本の柱を使った大きな主祭殿を中心に、竪穴建物や斎堂、高床建物が配置されていた。丸く張り出した4カ所の突出部にはそれぞれ物見櫓が建ち、周囲を厳重に監視していたようだ。出入り口は塀などで目隠しされ、区画内部が見えないようになっていたと考えられている。

北内郭に復元された、主祭殿
北内郭に復元された、主祭殿

北内郭に復元された9棟の建物のうちひときわ大きな「主祭殿」は、まつりごとを行う最重要施設だ。内部には指導者が政治を行うようす、最高司祭者である巫女(みこ)による祈りの儀式が再現されている。主祭殿と東祭殿の間にある斎堂は、身を清めたり儀式に使用する道具が置かれていたとされる施設。高床住居は最高司祭者の生活空間と考えられ、高床倉庫と異なり正方形をしている。

主祭殿の内部
主祭殿の内部
北内郭の復元建物。中央が竪穴建物、右が高床住居
北内郭の復元建物。中央が竪穴建物、右が高床住居

支配者を埋葬した場所か 北墳丘墓

北内郭の北側には、甕棺(かめかん)墓群が埋められた大規模な「北墳丘墓」がある。小山のように盛り上がった場所だ。この場所からは支配者たちのものと考えられる甕棺墓が14基発見され、展示館内に発掘されたままの状態で保存・展示されている。墓は、大きな二つの甕棺の中に遺体を収める大型合口(あわせぐち)甕棺と呼ばれる形式で、なんと大きさは二つ合わせて約2メートル。北墳丘墓の南側には、北墳丘墓へお参りに訪れる人々のための墓道と呼ばれる専用道が設けられている。

北墳丘墓内の展示
北墳丘墓内の展示

注目は、北墳丘墓付近や遺跡北方に甕棺の列状埋葬墓が見つかっていることだ。北墳丘墓で14基の甕棺が見つかっているのに対し、同じ面積で比較すると甕棺墓列は100基以上とかなり密集していた。北墳丘墓の甕棺はサイズが大きい上、銅剣や管玉(くだたま)など数々の副葬品が見つかっており、位の高い人物が埋葬されていたようだ。これに対し、甕棺墓列は一般の人々が埋葬されていたと推定される。このように、墓からも社会の階層分化を知ることができる。

(この項おわり。次回は2月7日に掲載予定です)

#交通・問い合わせ・参考サイト
■吉野ケ里遺跡
https://www.yoshinogari.jp/(吉野ケ里歴史公園)

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