まるでジュエリーショップ? 北海道のおいしさを届ける新店が世田谷に/Boulangerie du Desir

表からガラスを透かして厨房(ちゅうぼう)が見えている。窓際の粉袋に目が吸い寄せられた。「奇跡の小麦」とよばれる北海道産「キタノカオリ」だけでも数種類が積まれていたからだ。同じ品種をメーカーによって使い分ける並々ならぬこだわり。これは期待できる。私の心の声はそうささやいた。
まるでジュエリーショップのように、重厚なアンティークの陳列棚に並んだうつくしいパン。プライスカードに記された素材名が、他店では見ない貴重なものばかり。

山積みから人気ぶりがうかがいしれる「Desirクロワッサン」。北海道・山中牧場のバターを使用。自社農場の牛乳から木製のチャーン(攪拌〈かくはん〉のための装置)で作られる特別なバター。
ばりっばり。皮のすばらしい乾き、もろさ。ざくっ! 一気の砕け。そのときかすかに鼻先をかすめた匂いに驚き、持っていたパンを二度見した。柑橘(かんきつ)の香り。プレーンなクロワッサンにもかかわらずだ。バターの力であろう。はじめはきーんと塩気がすがすがしく突き抜けてくる。それが遠ざかったあと、バターと小麦の甘さが高まり、甘い液体が口に溜(た)まっている。

若きシェフ、寺島悠樹さんが腕を振るい、手塩にかけてバターのすばらしさを表現する。通常は「シートバター」(折り込みやすいようシート状になったバター)を使うところ、山中牧場のバターの塊から、麺棒で叩(たた)いてシート状にする。水は使わず北海道産牛乳で仕込み、層は厚めにばりばり感を出す。キタノカオリもバターとの相性がすばらしい小麦だ。
北海道出身のオーナーが昨年12月17日にオープンさせたばかりのこの店。北海道のおいしい素材を用いるのが信条だ。

「山中牧場の練乳フランス」のクリームも、山中牧場のバターと、「なめらかで濃厚さがちがう」と寺島シェフがいう同牧場産の練乳から作られる。甘さも旨味(うまみ)も華やかにあふれる。ざくざく。新雪を踏むような音を立てて、勢いよく割れるバゲット。熟成によって高められた北海道産小麦の風味はバターのようで、旨味とあいまってオイリーにさえ感じられる。それだけ濃厚な風味だからミルククリームとますます激しく同調し合うのだ。
キタノカオリなど北海道産小麦をブレンド、小麦粉に水を吸収させて甘さを出すのに一晩、さらに冷蔵発酵に一晩。冷蔵からの復温を含め、3日を熟成にかけている。「手間も時間もかけて、粉の甘みをしっかり出します」(寺島シェフ)。

同じバゲット生地を用いた「噴火湾たらこフランス」。明太フランスではなく、たらこで。物足りなくないか? そんな心配は一撃で吹き飛ばされた。小麦とたらこ、陸と海の旨味が出会い、「たらこってこんなにいい香りだったっけ?」と唸(うな)るほどのかぐわしさが誕生しているではないか。バターの甘さはいわずもがな。さっぱりとした後味という着地点は、明太フランスには決してないものだ。
「無添加のものを届けたい。市販のめんたいこには最初から味がついています。たらこには味がついていない。たらこのおいしさを引き出しつつ、存在を消さないように」とたらこに柚子胡椒(ゆずこしょう)や大葉、白ゴマを合わせた。

北海道・七飯町の生産者から届くりんごで作る「宮田さんのりんごを使ったデニッシュ」は、先述のクロワッサン生地を使用。罪である。ばりばり、ざくざくのクロワッサンとさわやかな甘さのりんごというコントラスト。下に敷いたカスタードはまるであたたかな甘さの泉。印象を強めるのは、北海道産のサワークリーム。なめらかに、とろりと。攻めた酸味で、りんごのフレッシュさを強調、麦の香ばしさとの鋭い対比が人を狂わせる。
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原価がすごいのではないかと余計な心配をしたものだが、「原価はかかってます。でも、おいしいものを出したいじゃないですか」と寺島シェフは一笑。
まだまだ100%ではない。とうもろこしを使ったパンも当然視野に入れているが、それはとうもろこしが採れる夏まで取っておくとのこと。北海道のおいしいものは尽きず、パンの楽しみも尽きない。
Boulangerie du Desir(ブーランジェリー ドゥ デジール)
東京都世田谷区代田1-35-13
050-5571-4474
11:30~19:00
月火休み