無我夢中になったニセコ 宇賀なつみがつづる旅(29)

フリーアナウンサーの宇賀なつみさんは、じつは旅が大好き。見知らぬ街に身を置いて、移ろう心をありのままにつづる連載「わたしには旅をさせよ」をお届けします。宇賀さんが2021年、「最初で最後の昼寝」をした場所は……。
「本気で遊ぶ ニセコ」
ゲレンデが好きだ。
スキーが趣味だった父親に連れられ、
小学生の頃は、毎年年末に岩手県の安比(あっぴ)高原を訪れていた。
あまり上達はしなかったけれど、
雪景色の中にいられるだけで楽しかったし、
晴れた日のまぶしい光の中で、
青い空と白い雪の間を抜けて、
風を切って進む感覚が好きだった。
高校の卒業旅行で初めてスノーボードに挑戦し、
大学時代は年に3~4回、
大きなボードを背負って夜行バスに乗り、
朝から晩までゲレンデで過ごした。
社会人になってからは、
数年に1度行く程度になってしまったが、
コロナの影響で、海外に行けなくなったことで、
密にならないゲレンデに、再び通うようになった。
2021年の年末には、
北海道ニセコで滑った。
新千歳空港からバスで3時間半。
降り積もった雪は、いつまでも眺めていられる。
ニセコは3度目。
最初はちょうど9年前で、
まさに今、北京冬季五輪で活躍が期待される、
スノーボード平野歩夢選手の取材のためだった。
ハーフパイプの会場はコースの途中にあるので、
報道陣も皆板をレンタルし、
機材を背負いながら滑って、現場に向かう。
あの頃は、ゲレンデはいつも混み合っていて、
街も夜遅くまでにぎわっている印象があったが、
現在は外国人観光客もほとんど見当たらず、
ほどよく静かで人が少なかった。
初日はおいしい食事をゆっくり味わって、温泉につかり、
早めにベッドに入った。
降り積もる雪にワクワクしてしまう。
翌日は、スノーボードが好きでニセコに移住した人に、
ゲレンデを案内してもらうことになっていた。
いい雪が積もりますように。
まだ薄暗い時間に起きて、何枚も重ね着をする。
これからマイナス10度の世界に挑むのだから、
入念な準備が必要。
こんな時間も久しぶりで、またワクワクする。
遊びのための早起きは、全然つらくないのだ。
9時から動き出すゴンドラに、30分前から並ぶ。
この時間に並んでいるのは、地元住民ばかりで、
そこかしこであいさつが交わされている。
ようやく動き出したゴンドラに乗って20分。
頂上は周りがよく見えないくらいふぶいていた。
最初の1本は、いつも緊張する。
滑り方を忘れていないだろうか……
けがをしないように気をつけなければ……
でも、いざ滑り始めると、
そんな不安は一瞬にして消えてしまう。
まだ誰も滑っていないコースは、
一晩降り積もった雪に覆われ、
柔らかく滑らかで、浮いているような感覚になる。
驚くほど恐怖を感じない。
カーブをするたびに雪しぶきが舞い、その中を突っ切っていく。
あまりうまくないのに、
すごくうまくなったような気分になる。
山の天気は変わりやすく、
途中から光が差してきたと思うと、
一気に青空が広がっていた。

無我夢中で滑り続け、ゴンドラ乗り場まで戻ってきた。
息は切れていたけど、心が弾んでるので気にならない。
こんな高揚感はいつ以来だろう。
2度目のコースは、すでにたくさんの人が滑った跡があり、
1度目とは雪質がかなり変わっていた。
だから皆、朝から並ぶんだ。
2本滑った時点で、1時間以上経っていた。
ニセコの山は大きいので、
まっすぐ滑り降りてきても、それなりの時間がかかる。
休憩をしようと食堂に入ると、
身体中に雪がこびり付いて、凍っていた。
そんなことにも気付かず、夢中になっていたことがうれしい。
お昼過ぎには引きあげて、そば屋に入った。
カレー南蛮が身体中に染み渡る。
いい汗をかいた後の食事はこんなにおいしいのか……
普段いかに運動不足なのかを思い知る。
宿に戻るとすぐに、
重たいウェアやシューズを脱いで、温泉につかった。
自然と、言葉にならない声が出る。
極寒の雪山から、源泉掛け流し温泉。
寒さ熱さの極端な差はあまり体に良くないだろうけど、
遠くまでやってきたことを実感できる。

そのまま、心地よい疲労感で眠ってしまった。
2021年、最初で最後の昼寝だった。
本気で遊ぶと、どっと疲れる。
そんなことを、久しぶりに思い出した。
自由に旅ができなくなって、2年経った。
当初はもどかしくて仕方なかったのだが、
最近はすっかり落ち着いて、
可能な時に、可能な範囲で、
国内を巡ろうと思えるようになった。
大人だって、たまには本気で遊ばないと。
しばらく続いた筋肉痛も、
精いっぱい楽しんだ証しだと思うと、いとおしかった。
眩しいばかりの雪景色。大人だからこそできる本気の旅は、体の疲れも心地良いものなのでしょうね。オミクロン株によって、季節を感じる機会がまた少なくなってしまいましたが、「今は冬だったんだ」と思い出させてくれる、素敵なエッセイをありがとうございました。
素敵な記事をありがとうございます😊
スキーは出来ないけれど、ゲレンデに立ってみたくなりました。この二年間のおかげで、国内の素晴らしさにようやく目を向けることが出来ました。可能な時に、可能な範囲で、私も巡ってみようと思います。鼓動が聞こえてくるような瑞々しいエッセイを、ありがとうございました。爽やかな朝になりました。
スキーやスノボーはできないけど
楽しさが伝わってくる。
とても楽しい記事でした!宇賀さんの子供の頃も垣間見れて…大好きです!
横浜在住の道産子です。雪のない冬に慣れたと思ってましたが、やっぱり冬は雪が恋しくなるな、と最近特に思います。大雪で大変な思いももちろんするんだけど、それでもやっぱりないと物足りない。また北海道に帰りたくなりました。