ニッポン銭湯風土記
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港ヨコハマの郷愁路地に迷う 漁師町の角打ち賛歌 子安通・井川湯

狭い路地にひっそりと残る井川湯=横浜市神奈川区
86歳まで番台に座った先代のおかみさんの作品「わーい一人で脱げたもん」。黄ばんでいるが輝くような子どもの目が印象的
86歳まで番台に座った先代のおかみさんの作品「わーい一人で脱げたもん」。黄ばんでいるが輝くような子どもの目が印象的

「昔は客はほぼ漁師だったね。子安浜には手づかみで獲(と)れるほど魚がいたよ」。井川湯は明治後期から120年ほど続いており、横浜で2番目に古い銭湯といわれる。建物自体はいつ建てられたものか分からない。今は4代目に当たる上原雅江さんと井川徹さんの姉弟で切り盛りする。「この建物は関東大震災でも崩れなかった。米軍の空襲もこの一角だけなくてね、沖の埋め立て地に元フォードの工場があったからね。その時、おじいちゃんは焼け出された人たちに『井川湯やってるよ』とふれ回って、湯がなくなってもさらに沸かしなおして、『ボランティア入浴』を続けたんです」

カランのレバーもレアなもの
カランのレバーもレアなもの

古い銭湯は多かれ少なかれ、そういった経験を含めて受け継がれている。経済性だけでは割り切れないそれら数々の物語が銭湯世界を彩っている。

「知らない人は来ないよ」 角打ちのワールドに酔う

湯上がり、真っ暗な路地を歩いて第一京浜に出た。相変わらず寂しい旧東海道、居酒屋らしき店も閉まっている。あきらめて駅へ向かおうとしたら、道路沿いに明かりがついている店があり、中で人々が動いている。のぞいてみたら、古い酒屋さんの店内の一角に立ち飲みスペースがある、いわゆる角打ちだった。6人ほどの客がいて、奥におかみさんらしき高齢の女性がいた。

「なにお兄さんよくこんな店に入って来たね。知らない人はまず来ないよここは」と客の1人が言う。「みなさんご常連ですか」「そうだよ。ほぼ毎日来るよ。あの人なんか50年通ってるよ」

岡澤酒店の店内
岡澤酒店の店内
その日のメニューが書かれたホワイトボード。安い!
その日のメニューが書かれたホワイトボード。安い!

私の住む神戸にもこういった角打ちはたくさんある。だが50年も通っている客がいるという根付きっぷりはなかなかのものだ。

「ここはいつからやってるんですか」とおかみの岡澤美代子さんに聞くと、「昭和18年創業」だという。「このへんには酒屋がいっぱいあったよ。うちなんか新しいほう。でもみんなやめた。うちはたまたま最初から立ち飲みをやってたから続いてる」

私もビールとアテを注文し、常連客らに「何がよくて毎日ここへ来るんですか」とぶしつけな質問をしてみると、口々に答えが返ってきた。「お母さんの料理と雰囲気かな」「お母さんは俺たちが来るのを前提に手料理を作ってくれてるんだよ」「季節に応じた気づかいがあるんだよ」「健康への気づかいもね」「来続けないとわからないね」……いやもう、べた褒めだ。「みなさんはお母さんが好きなんですね」――。即座にみんながうなずいた。

人参(ニンジン)タラコ炒め(左)。(写真17)岡澤美代子さん(73歳)と常連客。7:30~21:00(立ち飲みは17:00~)
人参(ニンジン)タラコ炒め(左)。岡澤美代子さん(73歳)と常連客。7:30~21:00(立ち飲みは17:00~)

井川湯へ行ってきた、と私が言うと、常連客の1人はこう言った。「子どもの頃からよく行ったもんだよ。このへんじゃもうあそこ1軒だもん、がんばってほしいね。久しぶりに行ってみるかな」

そう、そんなふうに銭湯へ戻ってきてほしい。脱衣場に飾り続けられている写真の子どものように。そして湯上がりにここで飲むビールは3倍うまいはず。

フォトギャラリー(クリックすると、写真を次々とご覧いただけます)
港ヨコハマの郷愁路地に迷う 漁師町の角打ち賛歌 子安通・井川湯

【井川湯】
横浜市神奈川区子安通1丁目165
電話 045-461-5750
営業時間 16:00〜22:00 土曜定休

*取り上げた店舗の営業時間は、変動している可能性があります

「旅先銭湯」シリーズ

本連載の著者・松本康治さんが、全国のレトロな銭湯や周辺の街を訪ねたムック本「旅先銭湯」は、書店やネット、各地の銭湯で販売中。松本さんは「ふろいこか~プロジェクト」を立ち上げ、廃業が進む銭湯を残したり、修復したりする活動も応援しています。

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