小麦から甘さ引き出す奥義 人気店が自由が丘に進出/C’EST UNE BONNE IDEE

有形泰輔シェフが化けそうだ。川崎市の向ケ丘遊園駅すぐそばで繁盛店の座を築いた「セテュヌボンニデー」(舌をかみそうなパン屋さん名筆頭)が、昨年暮れ、東京の自由が丘に2店舗目をオープンした。多摩川の向こう側・神奈川県にあったことで、実力に比して、メディア的にはいささか地味であったこの店が、ついにブレークしはじめている。
押しも押されもせぬ有名パティスリー「パリセヴェイユ」のすぐ裏手。自由が丘というスイーツの中心地に殴り込んだ形だ。新作も登場、自由が丘を意識した商品構成になっている。

有形シェフにすすめられて手に取った「リュスティック オ バゲット」。「これ、有塩バターを塗って食べてみてください。『ふぉっ!?』ってなりますよ」といきなり謎の声を上げたので面食らったが、それぐらいおいしいらしい。早くバターをつけて食べてみたいもんだが、家まで我慢できず、店を出てすぐかぶりつく。
ゆっくりと甘さが、高まる、高まる、高まる……そして、通常のバゲットの期待値を一気に超越、「キター!」となった。ぷわんとした中身がすぐにじゅっと溶ける。バターはつけてないのに、それに似た甘さが湧きでるのだ。バターの中でも冷蔵庫から出したてのとびっきりクリアな香りが。
で、急いで家に帰って、バターをつける。バターと、バターみたいな小麦の香りとが掛け合わされて、ちゅちゅちゅーっとあふれだすようではないか!(謎の声も出かかった)

このバターのような小麦風味、やっぱりというか、北海道産の「奇跡の小麦」キタノカオリ。小麦粉に水を吸わせて一晩、発酵に一晩。3日がかりで甘さを引き出す。ルヴァンリキッド(小麦から起こした液状の種)に加えて、米麹(こうじ)を入れる。麹が小麦を糖に分解する。それと同時に、麹はタンパク質を分解し、生地をやわらげ、歯切れをよくするのだ。
「発酵をとりすぎないように。キタノカオリは味が抜けやすいんです」
小麦の甘さを引き出す手腕にたけた有形シェフ。その奥義はこうした見極めの部分にありそうだ。

フォカッチャも「ふぉっ!?」となる資格あり。フライドチキンか? という、オリーブオイルと小麦が合体した旨味(うまみ)、ロースト感。そこへ青いさわやかさをほのかに付け加えるのは、国際コンテストで多数の金賞を受賞しているスペインのオリーブオイル「エントレ・カミノス」。もにょんもにょんと跳ねる。なんてしっとりしてやわらかいんだ。弾みつつちゅるーんと溶け、オリーブオイルの香りを追い抜いて、小麦の香りが異常にあふれる。これも、予期したおいしさを実際のおいしさが超越するのだ。
フォカッチャは手ごねで作られる。発酵中に生地は触らず、「(発酵でできる)ガスを保持しながらオーブンまで持っていく」。それによって、発酵の風味も、小麦の甘さもパンに残る。

カンパーニュ生地にくるみとレーズンを入れた「ノアレザン」。がりっがりの皮。すでにしてラスクかという強烈な香ばしさ。特にレーズンが外側に飛び出したところが焦げて特上の甘さとなっている。一方、中からはレーズンがちゅるーん。加水が多めの生地と相まって、とんでもないみずみずしさとなる。

甘いパンは、きっとスイーツの街を驚かせるだろう。マラサダはハワイ風のドーナツのことだが、この「マラサダ フランボワーズ」は北海道産小麦によって、もっちんもっちんの弾力を実現する。むにゅーとスクイーズ(シリコン製のおもちゃ)のように沈み、とろーっととろけ、バターの風味、小麦の旨味をあふれさせる。すると、中からフランボワーズソースがしたたり、酸味の花火が散る。店のイメージカラーと同じビビッドな赤が目の前に点滅するほど強烈に。
クロワッサン、食パンのおいしさは以前もこの欄で書いた通り、折り紙付きのおいしさ。自由が丘進出を機に、日本を代表するパン職人へと飛躍してほしい。
C’EST UNE BONNE IDEE(セテュヌボンニデー)
東京都目黒区自由が丘2-15-7
03-6421-1725
10:00~19:00
火曜休