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マヨルカ陶器の産地に開館した「ムゼオ・ビトッシ」

ミュージアム「ムゼオ・ビトッシ」の所蔵品から。アート・ディレクターのアルド・ロンディが考案・展開した「リミニブルー」の陶器群

レオナルド・ダ・ヴィンチ生誕の地、ヴィンチ村から南東に約10キロメートル、花の都フィレンツェの西約20キロメートルにあるモンテルーポ・フィオレンティーノは、イタリア屈指のマヨルカ陶器の産地である。そこに2021年秋、ミュージアム「ムゼオ・ビトッシ」が開館した。さまざまなデザイナーの創作を支援したビトッシ家の歩みを回顧する。

陶器産業が隆盛した三つの要素

ビトッシ家は、モンテルーポ・フィオレンティーノ(以下、一帯での呼称に準じてモンテルーポとする)を代表するマヨルカ陶器作りの一族である。

なぜこの地で陶器産業が隆盛したのか? 筆者の質問に、創業家の一員であるグイド・ビトッシ氏(72)は「三つの要素に恵まれていたからです」と話し始めた。

マヨルカ陶器の産地に開館した「ムゼオ・ビトッシ」
アルド・ロンディ『猫』、1962年(オリジナル)、2017年(リプロダクション) (写真/BITOSSI Ceramiche)

「第一はアルノ川です」。フィレンツェも流れるこの河川一帯では、陶器に欠かせない粘土が潤沢に採取できた。

「第二は、森に囲まれていたことです」とグイド氏。窯に用いる薪(まき)が豊富に伐採可能だったのだ。

モンテルーポ製マヨルカ食器や調度品は、ルネサンス文化を支えたメディチ家や貴族たちに愛用された。

マヨルカ陶器の産地に開館した「ムゼオ・ビトッシ」
創業家出身で、長年ファミリービジネスを率いていたグイド・ビトッシ氏。2021年11月撮影

グイド氏は続ける。「そして、第三は、アルノ川を用いた水運が可能であったことです」。ふたたび筆者が補足すれば、フィレンツェは15世紀初頭、リグリア海沿いのピサを支配下に収めた。それまで港湾を擁(よう)さなかったフィレンツェは以後、海洋貿易を推進する。1490年には、フィレンツェ商人フランチェスコ・デッリ・アンティノーリが、モンテルーポの陶器職人たちに対して独占買い上げ契約の締結に成功した。そうした経緯のなかで、アルノ川は下流にあるピサ港へとモンテルーポ製陶器を運ぶ水路になったのである。

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