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発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの大人のひとり時間。周りからの評価が気になる人こそ、ひとり時間を大切に

発酵デザイナー・小倉ヒラクさん

&Mの連載「発酵デザイナーの食国探訪」で、「食」を起点に国内外の文化や歴史を紹介している発酵デザイナーの小倉ヒラクさんは、約10年前、30歳を前にして家族と共に東京から山梨県へ移り住みました。現在は、自宅近くに構えた“発酵ラボ”で執筆活動や研究に勤(いそ)しみながら、週に一度は自身が経営する東京・下北沢のショップ「発酵デパートメント」に顔を出し、フィールドワークのために全国各地に足を運ぶという充実した日々を送っています。

そんな小倉さんは、「大人のひとり時間」に何をしているのでしょうか。お話を聞きました。

「発酵が一生の仕事」 そう意識した瞬間から、“大人の時間”が始まった

――今年4月から、社会的には18歳以上は成人として扱われるようになりますが、小倉さんが「自分は大人だ」とはっきりと意識したのはいつ頃でしたか?

発酵の道一本で行くと決めた、30歳手前の頃です。僕の社会人としてのキャリアは、東京のスキンケア会社のインハウスデザイナーから始まりました。その後、独立してデザイン事務所を構え、いろいろと賞もいただいて、周りからはデザイナーとしてやっていくと思われていたけれど、自分の人生はこの道でいいのか、ずっと確信が持てずにいました。

発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの大人のひとり時間。周りからの評価が気になる人こそ、ひとり時間を大切に

当時は完全な夜型で、10分20分を惜しんで仕事をしては、付き合いで深夜に飲みにいくような毎日。気がついたら目の下はいつもクマだらけ、肌もボロボロになっていたんです。

そんなときに会社員時代の後輩の紹介で出会ったのが、発酵学の大家・小泉武夫先生でした。僕の顔を見るなり、「免疫不全だな。発酵食品を食え」と言うんですよ。食を疎(おろそ)かにしていた自覚はあったから、漬物や味噌(みそ)汁を手作りして、発酵食品を進んで摂(と)る生活に変えてみたら、数カ月でだいぶよくなりました。

それで発酵に興味がわいて独学で調べているうちにのめり込んでしまって、デザイナーの仕事も続けながら東京農業大学の研究生として学ぶまでになり、ついには醸造蔵やワイナリーが多い山梨に引っ越しちゃった。人は、自分はこの先この道でやっていくと覚悟を決めた瞬間に大人になると思うんですけど、発酵に魅了されて移住を決めたタイミングが、僕にとってはまさにその瞬間でした。山梨で発酵のことだけを考えて終える一生って良いもんだな、と思ったんです。

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――収入面では安定していた東京での暮らしに区切りをつけることに、不安はなかったのでしょうか。

東京にいた頃から地方での仕事が多かったのもあって、生活の拠点は別にどこでもよかった。移住自体に不安はなかったです。ただ、移住を機に「これからは発酵の仕事しかしない!」と宣言したので、しばらくは仕事がないかもな、という不安はありました。

発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの大人のひとり時間。周りからの評価が気になる人こそ、ひとり時間を大切に

山梨にきてからは、微生物の代謝の実験を一人で延々やって、ときどき各地で発酵食品作りのワークショップをやって、合間にデザインの仕事も引き受けて……みたいな感じで、東京にいたときと比べたら浮世離れした暮らしですが、幸せな時間が始まりました。

そうして移住から2年が経つ頃には、パッケージやプロダクトのデザインのような、普通のデザインの仕事は一切やらなくなりました。近頃はサイエンスコミュニケーターとして、ミュージアムの展示に関わるような仕事もしています。目に見えない微生物の働きをデザインを使って可視化する発酵デザイナーという仕事に、とてもやりがいを感じています。

一つのテーマを継続して掘り下げることで得られる充実感

――東京と山梨。生活する場所を変えたことで、時間の感じ方は変わりましたか?

発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの大人のひとり時間。周りからの評価が気になる人こそ、ひとり時間を大切に

山の中でスローライフを送っていると思われがちですが、スケジュールの詰まり具合でいうと、東京で仕事をしていた頃と大差ないです。すごく忙しい。でも仕事の内容が全然違うから、気持ちの面では時間の感じ方は変わりました。

東京でのデザインの仕事は、いろんな文化を広く浅くかじって形にしては、次の案件に向けてすべてリセット、というサイクルの繰り返しで、時間や集中力が細かく分断されて消耗している感じがしました。かたや今は、どの仕事も発酵という大きな軸に繋(つな)がっているから、今日は昨日の続き、明日は今日の続きという風に、思考に継続性を持たせることができます。

リセットがない、というのは僕にとってはとても大きな変化でした。何をしていても、発酵について掘り下げている時間だという感覚がある。山の中だと微生物と向き合うくらいしかやることがないから、気が散らないのもいいんですよ。目的に合わせて思い切ってライフスタイルを変えて正解でした。

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ここでは、人間の都合は一切通用しません。例えば新商品の開発にしても、「あとどれくらいでできますか」「それは麴(こうじ)菌次第ですね……」とかね、すべて自然次第で、思い通りに進まない。東京なら雪が降っても、「雪だから仕事に行きません」は通らないでしょう? でもこの辺りは除雪車が来るまでは山を降りられないのが普通だから、「雪だから行けません」が通る。

自然の時間というのがまず大きな流れとしてあって、僕たち人間の時間はそこから派生した特殊な流れの一つにしか過ぎないんだなというのは、山梨での暮らしで改めて感じているところです。

――発酵と向き合う時間が大半を占めているとは思うのですが、他にはどんな「ひとり時間」を過ごしていますか?

こっちにきてから新しく始めたことって、すごく多いんです。キャンプとかサウナとか、あと、中国茶もそうですね。本格的な中国茶のいれ方を習ったので、近くの山で一人、野点(のだて)を楽しんでいます。初めてのDIYで一から作ったこのラボもお気に入りです。 アウトドア系の新しい趣味に時間を費やす中で、携帯できる納豆「アウトドア納豆」という新商品も生まれました。発酵を中心に、いい時間の過ごし方ができていると思います。

発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの大人のひとり時間。周りからの評価が気になる人こそ、ひとり時間を大切に

ひとり時間に自分との対話を重ねると、他者からの評価に振り回されなくなる

――ひとりで過ごす時間が充実しているんですね。

家族と一緒に旅行をしたり、バーベキューを楽しんだりする時間も好きですが、ひとりの時間も同じくらい大切です。僕が一番自由になれるのは、一人で僻地(へきち)に行ったとき。誰からの連絡も届かないような場所にいると、自然と自分と対話する時間が持てるんですよ。

発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの大人のひとり時間。周りからの評価が気になる人こそ、ひとり時間を大切に

僻地でのひとり時間のお供に、腕時計は欠かせません。時間に縛られたくないとはいえ、全く時間を気にしないでいたら帰りの船も飛行機も逃してしまいますから。スマートウォッチは便利ですが、歩数だとか、着信がありましたよとか、情報過多で疲れちゃう。僕は腕時計の情報量がちょうどいいんです。

普段はどうしても目先の仕事や雑事を優先的に考えてしまうけれど、時間から完全に遮断されると、後回しにしていた長期的な視点での考えごとに没頭できます。そこでの深い思考は、自分の大事なプロジェクトに反映されています。

コロナの影響で、ここ2年くらいは眼下に広がる甲府盆地の夜景を眺めながらラボの前で焚(た)き火をする時間が、自分との対話の時間になりました。夜になると、あたりは一面真っ暗で星がきれい。しかも、どこかで鹿が「キャ~」って鳴く声しか聞こえないくらい静かなんです。遠くに行けなくても、これはこれで良いものです。

――ひとり時間を持つ意義は、どんなところにあると感じていますか?

ひとり時間がないと、ほとんどの人は疲弊すると思うんですよ。仕事でも恋愛でも、社会で活動をしている以上他人と関わらずに生きていくことはできないけれど、他人からの相対評価でしか自分のアイデンティティーを規定できないでいると、精神が安定しないからすごく疲れてしまう。

発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの大人のひとり時間。周りからの評価が気になる人こそ、ひとり時間を大切に

自分を規定するのは自分であるというマインドセットが大事で、そのためにはひとり時間が有効です。自分の分身に「最近の俺どう?」と問いかけるような、一人で問答する習慣を持っていると、他人から「お前はこうだぞ」とラベリングされるのとは別に、「自分はこう」という軸を持てるようになります。周りからどう評価されようとそれは社会的な一つのロールプレーでしかないと気がつけると、気持ちがだいぶ楽になるはずです。

(文・渡部麻衣子 写真・山田秀隆)

発酵デザイナー・小倉ヒラクさんの大人のひとり時間。周りからの評価が気になる人こそ、ひとり時間を大切に
PROFILE
小倉ヒラク
(おぐら・ひらく)

1983年、東京都生まれ。早稲田大学文学部で文化人類学を学ぶ。企業でデザイナーとして活動した後、東京農業大学で研究生として発酵学を学び、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボを創設。「発酵デザイナー」を肩書として、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。15年より絵本『おうちでかんたん こうじづくり』とともに「こうじづくり講座」をスタート。海外でも発酵文化の伝道師として活動するほか、雑誌、ラジオ、テレビでも活躍。18年~19年、47都道府県を旅し、日本の超ローカルな発酵文化を発掘。20年、下北沢に「発酵デパートメント」をオープン。著作に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)、『日本発酵紀行』(d47 MUSEUM)、『発酵する日本』(Aoyama Book Cultivation)。

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