「おいしい」を手から手へ 京に根付く小さな「市」 万年青のオモテ市

骨董(こっとう)市や手作り市など、京都には毎月決まった日に開催される「市」が根付いています。歴史が長く、何百もの露店が並ぶ市がある一方で、発起人の熱意や呼びかけで誕生した小さな市もあちこちに。今回訪ねたのは、西陣に店を構える「串揚げ万年青(おもと)」が、毎月25日に開催する「万年青のオモテ市(以下、オモテ市)」。新鮮な野菜や彩り豊かなお弁当、味わい深い調味料や食材などがそろう食のマルシェです。
■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。
どんな宣伝よりも「伝わる」軒先マルシェ

今年1月に100回目の開催を迎え、9年目に入っている「オモテ市」。開場前から店先には行列ができ、人気の品は即完売となることも少なくありません。会場となるのは、旬の素材を一番搾りの菜種油でからりと揚げる「串揚げ万年青」の軒先と店内。店を営む青木嗣(つぐ)さん・裕子さん夫妻が、店のオープンからわずか半年後にスタートしたマルシェでした。

「オーガニックや無添加の食材の良さを、うちのメニューや広告でうたうのではなく、どうやったら伝えられるだろうかと考えていました。文字情報より先に、『おいしい』と感じてもらえたらすぐわかってもらえる。それには、気軽に立ち寄れるマルシェだなと思ったんです」(裕子さん)

顔の見える生産者から仕入れる無農薬や減農薬で育った野菜、添加物を用いていない魚の干物、ソースや漬物まですべて手作りのお弁当……。どんな宣伝文句よりも、一口食べて「おいしい」と感じてもらうことが、素材そのままの味の豊かさを知るきっかけになるはず。「オモテ市」は、そんなささやかなシェアの場でした。

体が喜ぶおいしさは口コミで広がり、加えてここ数年の間に、SDGsやオーガニックといったチョイスはぐっと身近に。9年目を迎え、「おいしいから選ぶ」食のマルシェとして、街に定着しつつあります。
続ける、届ける オーガニックを当たり前の選択肢に

定例開催するにあたって、裕子さんは「お客さまが来てくださる限り続けよう」と決めたといいます。その思いはコロナ禍となった今でも同じこと。店頭での検温や消毒、入店人数の制限など、できる限りの対策を講じて、一度も休むことなく開催しています。

「いろんな食生活があって当然。その中で、オーガニックや無添加のものを選ぶことが、押しつけではなく選択肢の一つとしてあり続けられたらと思うんです」

そう語る裕子さん。2020年の秋から、仲間たちと新しい取り組みも始めました。「おもとのオモテ市 おたくまで」と題し、「オモテ市」でおなじみのフードを、できたてその日にデリバリーするという事業です。宅配業者を介さず、青木さんや出店者が直接購入した方の自宅に届けるため、近郊の人のみが利用できるサービスとなりますが、評判は上々。

「本当にオーガニックを必要としている人は、家から出られなかったり足を運べなかったりする人も多いんじゃないかと思って、スタートしました。お届けにあがると、絶対にただの受け渡しでは終わらないんです。ご近所のエピソードをお話しくださったり、作り手のこだわりを伝えたり、必ずコミュニケーションが生まれる。そのこともやってよかったと思う理由の一つです」(裕子さん)

人から人へ。手から手へ。店のおもてで始めた小さな市がどんなに成長しても、根底にあるその思いは変わりません。目の前の一人を「おいしい」と笑顔にすることが、食を見つめ、選択肢を増やし、未来を変える一歩になる。そう信じて、「オモテ市」は今月も25日に開きます。
■ 万年青のオモテ市 https://omoto2013.com/
*毎月25日開催。詳細はインスタグラム参照
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BOOK
大橋知沙さんの著書「京都のいいとこ。」(朝日新聞出版)が2019年6月7日に出版されました。&Travelの人気連載「京都ゆるり休日さんぽ」で2016年11月~2019年4月まで掲載した記事の中から厳選、加筆修正、新たに取材した京都のスポット90軒を紹介しています。エリア別に記事を再編して、わかりやすい地図も付いています。この本が京都への旅の一助になれば幸いです。税別1200円。