永遠の恋人、悠遠の山脈、要塞の村々……スペイン・アラゴン州はいざなう

ピレネーに抱かれた国境の「終着駅」カンフランク

山峡(やまかい)の終着駅は、旅情をかき立てる。険しい山が立ちはだかり、鉄路はそこで終わる。傾斜地に身を寄せ合うような集落のたたずまいに、ふとほっとする。残雪の峰々をはるか高くに見上げると、小さな青空が天にのぞき、旅人はその向こうの土地に思いを巡らせる。
東西約430キロにわたってスペインとフランスを画然と分かつピレネー山脈。2000~3000メートル級の山々が連なり、山脈最高峰のアネト峰(3404m)を含むエリアはアラゴン・ピレネーと呼ばれる。その山ふところ、アラゴン州北部ウエスカ県に堂々と鎮座するのが、カンフランク国際駅だ。

「国際駅」だが、フランスへ向かう列車はない。州都サラゴサから約3時間40分かけ、片隅の国内線用ホームに中距離列車が1日3本到着するだけだ。首都マドリードから高速列車AVEでサラゴサまで約1時間20分。一度の乗り換えでたどり着けるが、ローカル線の終着駅の雰囲気だ。

この路線はもともとサラゴサからフランス南西部のボルドーに至る鉄道網の一部で、カンフランクはスペイン側の国境駅だった。しかし、1970年にフランス側で起きた脱線事故以降、廃線状態になっている。現在、スペインとフランスを結ぶ鉄路は、ビスケー湾側のバスク州と、地中海側のカタルーニャ州の両沿岸部のみ。「鉄道でピレネー越え」はかなわないが、ここカンフランクから国際バスが出ており、峠を越えてフランスのベドゥーという街に着き、鉄道に乗り換えられる。ローカル交通を使った国境越えは、日本では体験できない。
小さなターミナルのカンフランクだが、古来の街道筋に位置する。フランスからソンポルト峠(1640メートル)を越えてスペインに入る「アラゴンの道」は、世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」を構成する「フランスルート」の一区間。中世からヨーロッパ中の巡礼者がこの道を通り、スペイン西端部ガリシア州の聖地を目指した。日本のお遍路のように、巡礼者を迎える宿泊所もカンフランクに整備された。また、この街道は近現代に至ってもヨーロッパの交易・物流を支えたルートだ。

なお、全長240メートルの荘厳な駅舎を持つカンフランク国際駅は、早ければ今年末にも五つ星の高級ホテルとしてオープンする予定だ。19世紀の様式で建てられた重要文化財の駅舎は、アラゴン州政府が全面的に修復。スイートルーム4室を含む104室を備え、列車車両を使い20世紀のレストランが再現されるという。駅のコンコースはホテルのレセプションになる。列車の旅を楽しみ、歴史的なステーションホテルを拠点にピレネー観光……と、夢の膨らむニュースだ。
ピレネー観光と、城・要塞の絶景
カンフランクは、ラロン峰(2125メートル)やラ・ガルガンタ峰(2643 メートル)などのピレネーの山々に囲まれている。周辺は、アラゴン川が刻むアラゴン渓谷で、ピレネーの数ある渓谷の中でもスキーリゾート地として有名。国境付近へ北上すると「カンダンチュ」「アストゥン」などの大規模なスキー場がある。

アラゴン渓谷の東には、「オルデサ・イ・モンテ・ペルディード国立公園」が広がる。世界遺産に登録されているモンテ・ペルディード(3355メートル)から派生する四つの谷からなる。雄大なピレネーを堪能する最も有名なハイキングコースは、オルデサ渓谷を歩くルート。1000メートルの岩壁が迫りくる谷で、川の近くやブナ林を歩く。初夏には高山植物が見ごろを迎える。そのほか、登山上級者向けにはフランス国境越えの縦走や、四駆自動車で行く眺望ルートなど、さまざまな楽しみ方ができる。

アラゴン・ピレネー巡りの拠点になっているのが、カンフランクからアラゴン渓谷を20キロほど南下した谷最大の宿場町ハカだ。中心部には「スペインの五稜郭」と呼びたくなる「シウダデーラ要塞(ようさい)」がある。16世紀末、スペイン国王フェリペ2世が築かせた星形の要塞だ。周囲は草地が広がり、住民の憩いの場になっている。絶景を一目見ようと訪れる人も多いが、上から見渡せる場所は周囲にないのが残念だ。

ウエスカ県にはさらに、アラゴンで最も有名なモニュメントの一つ「ロアーレ城」がある。県都ウエスカ近郊、エブロ川の平原を見下ろすように頑強な砦(とりで)がそびえ立っている。標高1070メートル。11世紀のレコンキスタ時に建てられた、スペインでも有名な古城だ。十字軍を扱った2005年のアメリカ映画「キングダム・オブ・ヘブン」のロケ地にもなった。教会や修道院、主塔の跡が残り、城からの雄大な眺めに見とれる。

