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「災害を経て明日を生きる」現実にリンクする、美しく強い決意

撮影/馬場磨貴

『骨を引き上げろ』

毎年3月11日が近くなるとあの日のことを思い出す。あの日に“揺れ”を体験した人の多くは、同じようにあの日どこで何をしていたのかを鮮明に思い出せるのではないだろうか。

自分はその時、明治神宮球場まで野球のオープン戦のチケットを買いに出かけていた。外苑前駅から球場に向かうまでの道で急にぐらりと揺れ、咄嗟(とっさ)に近くにあった電柱にしがみついた。その時に直感で、「あ、地球が終わる」と思った。このまま大地が割れ、人類が死滅していくのだと。東京にいてもそう思ったぐらいだから、東北にいた人たちは自分の想像も及ばないほどの恐怖を感じたことだろう。

あれから10年以上が経過したが、あの日体で感じた揺れと、終末を悟った気持ちは今も体の芯に刻み込まれている。

そして今回紹介する『骨を引き上げろ』を読んだ時に一番に思い出したのは、3月11日に感じたそれだった。
 

『骨を引き上げろ』の舞台はアメリカ南部の架空の街ボア・ソバージュ。ミシシッピ州にあるこの架空の街は、ミシシッピ州の多くの都市がそうであるように、黒人が人口の多くを占める。直接的な描写は少ないものの、この街が経済的に豊かではないことは人々の暮らしぶりから容易に想像がつく。

「災害を経て明日を生きる」現実にリンクする、美しく強い決意
『骨を引き上げろ』ジェスミン・ウォード (著)、石川由美子 (訳) 作品社 2,860円(税込み)

主人公であるエシュ一家が住む家は比喩的な意味ではなく傾いていて、父親は傾かないように軒下に石を積んでいる。母は一番末っ子のジュニアを産んだ時に死んでしまった。エシュの兄であるランドールとスキータは近くに住む裕福な家に忍び込み、そこから食料を盗んでいる。長兄のランドールはバスケットボールに精を出し、次兄であるスキータはチャイナという名のピットブル犬を飼っており、それを鍛え上げ、闘犬に参加している。

闘犬が象徴するようにエシュの暮らしには貧しさと一緒に暴力がいつも潜んでいる。エシュは兄の友人たちと誰彼構わずセックスをし、自分が体さえ許せば誰もが満足すると半ば諦めを持って生きている。地頭がよく文学を愛しているが、大学に行ける金銭的な余裕がないことは知っている。そんな八方塞がりのような状況の中で暮らしているエシュは、ある日自分が妊娠していることに気づく。相手は兄の友人であるマニー。金色の肌をしていて、彼女はずっと彼に恋をしている。しかし彼はエシュに対して特別な感情は抱いていない。

これが物語の基本的なバックグラウンドだ。この日常の中にハリケーン・カトリーナが徐々に近づいてくる。

苦境の中で強まる家族の繫がり

2005年にアメリカ南部を襲ったカトリーナは日本のニュースでも大々的に取り上げられたので記憶に残っている人も多いだろう。しかし日本では台風こそ毎夏経験するものの、ハリケーンはピンと来ない人が多いのではないだろうか。逆円錐(えんすい)の竜巻のイメージ程度だろう。自分もそのぐらいの認識だった。だが、本書を読んでみてハリケーンのイメージが刷新された。風がとてつもない勢いで迫ってきて、車を簡単に横転させ、家は水浸しになるどころか浸水して流れていってしまう。カトリーナが直撃するシーンを読んでいると、まるで自分がその場にいるような緊迫感と恐怖を感じるとともに、3月11日の津波の映像を思い出してしまった。

物語の最大のクライマックスがハリケーン・カトリーナであるのは明らかだが、この小説はそれだけがすべてではない。むしろハリケーンが訪れるまでの物語の方が長いぐらいで、エシュの家族のそれぞれの個性や現実との対峙(たいじ)の仕方が筆致豊かに描かれる。この小説がただの災害を描いた小説に止まらないのは、家族という普遍的なテーマが根底にあるからだ。

どうしようもない苦境の中でもエシュは家族のことをいつも考え、また今まで知らなかった家族の新たな側面を知ることで、家族の関係性はより強固になっていく。そして最後にやってくるハリケーン・カトリーナを経て、エシュはある境地に達する。それは災害を生き抜いたあとでなお生きていくという決意だ。それには自分一人だけではなく、やがて産まれてくるお腹(なか)の中の子も含まれている。その決意には嵐が過ぎ去ったあとの晴れ間のような美しささえ感じられる。

物語はつまるところフィクションでしかないのかもしれないが、それが時に現実とリンクし、読者の現実の見方さえ変えてしまう力を持つ時がある。日本とアメリカ、場所も時間も違うし体験した規模も違うわけだが、少なくとも物語を通じてエシュと自分は繋(つな)がっていたし、それによって生きていくことの強さを教えられた気がした。

「災害を経て明日を生きる」現実にリンクする、美しく強い決意
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PROFILE
松本泰尭

まつもと・やすたか
二子玉川 蔦屋家電 文学コンシェルジュ
大学卒業後、広告代理店などメディア業界で働いたのち、本の仕事に憧れて転職。得意分野は海外文学。また大のメジャーリーグ好き。好きな選手はバスター・ポージー。

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