パティシエ出身シェフが栃木で生み出す 地産地消の愛されパン/麦ぺこ

人気店「365日」「ジュウニブンベーカリー」杉窪章匡シェフの元から巣立ったホープが、4月21日、郷里の宇都宮で、「麦ぺこ」を開いた。所変われば品変わる。DNAを継承しつつ、栃木の素材を使い、地元の人々に愛されるパンを目指した結果、どんなパンが生まれてきたのか。

「酒種山食ぱん」は、栃木の小麦「ゆめかおり」を使い、栃木県日光の造り酒屋「渡邊佐平商店」の酒粕(さけかす)を使って醸した食パンだ。砂糖を使わず、バターもほんの少ししか使っていないというのだが、異常だ。甘い、甘すぎるのだ。酒粕の中の麹(こうじ)が小麦を溶かした糖分。甘口の日本酒にある澄んだ甘さ。いうなれば植物性のミルキーさともいうべき香りが芳醇(ほうじゅん)にあふれでている。一方で皮はしょうゆを焦がしたような香り。もっちりと高級ソファのようにゆっくり弾んだあとは甘い小麦ジュースをとろけさせていく。

地元宇都宮に帰って自分の店を開いた荒井章吾さん。杉窪シェフのプロデュース店のシェフも務めた実力者。パティシエとしても修業を積んだ。
「地産地消で栃木県の魅力を伝えたくて。僕はパティシエ出身なので、きれいなパンを作っていきたいです」

その経歴を発揮したとてつもないパンが「いちご大福デニッシュ」。デニッシュにいちご大福を載せちゃったという飛び道具だが、自家製を旨とする荒井シェフ、なんといちご大福まで自分で作っているのだという。栃木といえば「とちおとめ」。これを自家製の白あんと求肥(ぎゅうひ)で包んだ代物だ。
歯が噛(か)み切るショックをいちごカバーとしての求肥がぼよよんと吸収。しつつも、結局はぶっちゅーといちごが炸裂(さくれつ)。さすがのとちおとめ、香りが華やか。その酸味さえ、白あんによって極上の甘さへと転換される。まるでピタゴラ装置のように、その下で待ち受けるミルククリームによってイチゴミルクマリアージュが出現、その下、アーモンドペーストとばりっばりクロワッサン生地によって、王道デニッシュへと着地。ひと噛みのうちにいちご大福といちごデニッシュが味わえるアクロバティック体験だ。

このクロワッサン生地、杉窪シェフが得意とするものだけに、免許皆伝といったところ。ひと捻りした「塩ワッサン」がすばらしい。厚めの層は、ポテトチップスレベルで、ぼりぼりと派手に砕け散る。ぎゅっと収縮する内側の層も含めて歯切れよく、一気に層が噛み破れるため、快感が全身を駆け巡る。
あふれだすのはカルピスバターならではのピュアな甘さ。それだけでも至高の味覚だというのに、そんなものは予定調和にすぎないとばかり、意外にも塩気が滲(にじ)み、小麦の旨味(うまみ)を強める。バターの甘美さと塩気、交互に揺れ動くシーソーは、甘いおやつもしょっぱいスナック菓子のニュアンスも奏でる。
この絶妙の塩気はどのように作られるのか?
「有塩のカルピスバターと無塩のカルピスバター、1対1でミックスしています」(荒井さん)
折り込むための特別なシートバターを自身で作っているのだ。歯切れをよくするため、ミキシングはごく少なめにしてグルテンを作らない。栃木県産でタンパク量が少ない小麦「イワイノダイチ」をブレンドしていることも、歯切れのよい一因だろう。

このクロワッサンをさらにドーナツへと変化させる。クロワッサン生地を巻き込んだような形の「ココアどーなつ」は、まるで黒い薔薇(ばら)の花のようだ。外側はばりばりと小気味よく弾けるパイみたいな食感。中はむぎゅっと、オールドファッション的な食感。心地よく染み出す油。コクがありあまりに甘美なこの油は一体なんだろう。
「この生地には、カルピスバターではなく、発酵バターを使っています。成形した生地を型に入れて焼くことで、中から染み出してきたバターで揚げ焼きになる」(荒井さん)
YouTubeチャンネル 「パンラボ」
バイパス沿いの郊外型店舗に「パン」と大きな看板を掲げ、目立つしつらえ。そこに開店当日から早くも長蛇の列ができた。地元の素材を生かした魅せるパンが存在感を発揮しつつある。
麦ぺこ
宇都宮市若草5-13-10
028-305-1143
10:00~18:00(土日は8:30~17:00)