覚悟を背負って赴任したアフガニスタン 宿舎のガーデンで出会った子猫

どこからともなく現れた子猫
私も含めて海外の派遣スタッフが暮らす宿舎には素敵なガーデンがあった。可愛い木製のベンチやテーブルがいくつか備えられていた。頭上をたわわに実をつけたザクロの木がおおい、足元にはピンク色の朝顔がはっている。この素敵なガーデンで仕事をして、仕事のストレスを和らげようとしていた。

そして、このガーデンに現れたのだ、「子猫」という小さな怪獣が。疲れた体をベンチに預け、一息ついたとたんに、どこからともなくさっと現れ、無防備な私の身体を、ジャングルジムのようにあちらこちらから登り始める。性懲りもなく仕事を邪魔してくる。

はじめのうちは油断していて、子猫ちゃんが飛び乗ってくるたびに「わ~!」と声をあげてしまっていたが、そのうち「出たな、怪獣め!」と構えるようになった。子猫ちゃんは大事なパソコンのキーボードの上を平気で歩くし、時にキーボードをたたく両手の上に寝そべることもある。

山のような仕事を1秒でも早く片づけたい私は、その子猫ちゃんを片手でひょいと掴んで地面に戻すということを毎回行っていた。しかし子猫ちゃんにとってはそれすらも遊びだと思っているらしく、そこからまた私の膝に飛び乗り、そして肩によじのぼり、パソコンの上を歩く。それがずっと繰り返される。
抗議してくる「子猫ちゃん」に完敗
ある日、いつものようにパソコン業務に取り掛かろうとした時だった。その日は、疲れやストレスがたまり、精神的に余裕がなかった。
子猫ちゃんがいつも通り、ガーデンにやってきたが、その存在を完全に無視してPC業務に集中していた。自分でも相当カリカリしていたと思う。

すると、その子猫ちゃんは私の機嫌の悪さにめげるどころか、対抗してきた。私の太ももの上で立ち上がり、両前脚を私の胸に突き付ける。そして顔面を至近距離に突き合わせミャーミャーと抗議してきた。

小さな体で大きな抗議をしてくる目の前の子猫ちゃんの、その向こう側にあるパソコン画面を視界に入れようと、顔を左によけ、右によけ、意地でも仕事を続けようとした。すると子猫ちゃんも負けずに左に、右に私の顔の動きに合わせ、正面に向き合い続けてくるのだった。
ふっと力が抜け、パタンとパソコンを閉じた。素性の分からない、この子猫ちゃんに完敗を認め、同時に張り詰めていた心を緩めた。おそらくこの瞬間だったと思う。この子猫ちゃんにロックオンされてしまったのは。

私はいわゆる「猫好き」ではない。ペットとして家の中で飼った経験もほとんどない。子猫ちゃんは、そんな私の心をつかんだ。しばらく私の身体で遊ばせていると、ひざの上に丸くなっておとなしくなった。
モスクからアザーンが流れる夕刻の空に、パックリと割れたザクロの実をつついていた緑色の鳥たちが飛び立っていくのを、子猫ちゃんと眺めた。そんな格闘兼交流は、5週間の活動を終えて帰国する日まで続いた。

家族や友人から安否確認のLINEメッセージは毎日届いていた。まさか、私が仕事の合間に子猫ちゃんと交流していたなんて誰も思ってはいなかっただろう。「もう少しゆっくりやりなよ」。この子猫ちゃんは、そう伝えてくれていたのだと思う。確かに、どんなに焦っても仕事が進むスピードにそう変わりはないのだ。
とうとう、この子猫ちゃんに、名前をつけることはしなかった。短期間しか一緒にいられないと分かっていたから。さよならも言わなかった。
あの無邪気な姿を時々、思い出す。あまり好きになってはいけないと、線を引いていた。本当はもう少し可愛がってあげたかったな、と思い出すたびに心の奥が痛む。もう、さすがに片手ではつかめないぐらいの大きさに成長しているだろう――。今でもあの宿舎で他の誰かのお仕事の邪魔をしているだろうか。
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