サステイナビリティは砂ぼこりと共に

生まれた村で迎える喜び
エマヌエレさんに、例のブティックの内装について説明してもらう。
「近隣の廃屋や廃業した商店が捨てようとした品を見つけては集めてきました」。彼なりのリサイクル&リユースによるエコ・サステイナビリティだ。それらは来店客を、まるで旧家の物置に入ったかのような錯覚へいざなう。彼は、一角に飾られた古いブラウン管式テレビに手を置いて語る。「昔のテレビは一度買うと30年使えたものです。今日の電子ガジェットで、そこまで長く使える機器が果たしてあるでしょうか?」


彼は、人と人とのふれあいについても言及する。
「私の祖父は村の清掃職員でした。オフではいつもスーツにネクタイ姿で、村の人とすれ違うたび、ゆっくりと帽子を取って挨拶(あいさつ)していました。あの時代、人に敬意を払う作法もファッションだったのです」。対して今日の社会を「ソーシャルメディアの過度な普及で人間関係が希薄になり、またすべてが早足になっています」と嘆く。
加えて、「昔はみんな大所帯だったので、ベビーシッターも必要なく、すべて家族で完結したものです」と懐かしむ。しかし、彼は小さな村を離れない。「みんなが知り合いで穏やか、かつ連帯感が強い村の生活は変わっていませんからね」
ガイオーレからさらに車で1時間ほど南下したシエナに住む筆者の経験を記すのをお許しいただければ、同様に特急停車駅や高速道路がなく、空港も遠い。そうした環境に、長年もどかしさを感じていたものだ。
しかし、新型コロナ対策で自治体間の移動制限が施行された2020年から2021年にかけて、自転車こそ所有していないので乗らなかったが、自身の足で地元を歩く機会が増えた。すると、教会の鐘の音、刈られたばかりの草の匂い、鳥のさえずりといったものに気づくようになった。そればかりか、徒歩で欧州を巡った中世の芸術家や巡礼者と同じ気持ちを共有できた。だから規制が解除された今も、可能な限り歩いている。ついでにいえば、一本道で見知らぬ人とすれ違うとき、挨拶をするようになった。
いずれも車を運転していてはわからない喜びばかりだ。不便なことが魅力になる。エマヌエレさんが古い自転車のTシャツを通じて言わんとしていることが伝わってきた。

「五輪選手、ハリウッド俳優、テレビ司会者、歌手まで、この小さな田舎の小さな店にやってきます」とエマヌエレさんは語る。直近では、35年間憲兵として働いたあと、プロのファッションモデルとして活躍しているユニークな男性がファンになってくれた。
筆者の取材中も、ある外国人夫妻がサイクル用スーツに身を包んでやってきたので、聞けば北欧を拠点とする企業家の夫妻だった。富裕層ほど健康意識が高い昨今、自転車の柄に特化したエマヌエレさんのレーベルの前途は明るいだろう。
しかしエマヌエレさんは、「個々のお客様がどのような社会的地位かは、さして関心がありません」と淡々と語る。そして嬉(うれ)しいのは「自分の仕事が評価されていることです」という。
「笑顔で人に囲まれて、元気に生きていこうと思っています。それ以外のことは求めません」。彼にとっての喜びは、自分が生まれた村で、人々を迎えられることと筆者は見た。今夏もエマヌエレさんは新作を用意しながら、各国からやってくるサイクリストを待っている。
(写真/White Roads, Emanuele Nepi 、大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)
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最近話題のエコ・サスティナビリティ。
使えなくなったものを商品として蘇らせるのは素晴らしいですね。
サイクリストではないけれど、行ってみたい。