あやめと名付けてくれた父へ、人生で初めての花束を贈りたい

読者のみなさまから寄せられたエピソードの中から、毎週ひとつの「物語」を、フラワーアーティストの東信さんが花束で表現する連載です。あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードのご応募はこちら。
〈依頼人プロフィール〉
幸田あやめさん(仮名) 45歳
教員
神奈川県在住
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「それはそうと、このあいだ言ってた話、どうなったん?」
父が元気なころ、よく私にかけてくれた言葉です。私といえば、「このあいだの話って、何の話?」と忘れていることがほとんど。そんな会話を交わすたびに、ああ、父は私のことをいつも気にかけて大切にしてくれているんだと、言葉に出さないけれど感謝してきました。
父は子煩悩で、私たち姉妹を本当にかわいがってくれました。その行動は、昔愛読していた漫画にでてくる「心配性の父」そのもの。心配しながらも、どんなときも私を励まし、勇気づけ、見守ってくれました。
覚えているのは、私が教員試験に何年も落ち続けて落ち込んでいたときのことです。
「受かった人はやりたいことも我慢して、必死に勉強してきたはず。お前のように外国に行ったり、好きなことをやりながらそんなに簡単に合格したら、教わる子どもたちもかわいそうや」
私が進むべき道を探してしばらく外国に行っていたことを、そう冗談めかして励ましてくれた父。その言葉に、どれだけ救われたことか。
そんな私も何年かのチャレンジを経て、念願かなって教職に就くことができ、結婚し、子どもが生まれました。里帰り出産をしたときは、父は目を細めて赤ちゃんの面倒をよく見てくれました。
土木関係の会社を定年まで勤め上げたあとは、プロ野球を見るのを楽しみにしていた父。その異変を母から聞いたのは、コロナ騒動が始まった年の暮れのことです。ひどい不安感に襲われて一睡もできず、ひたすらうろうろしていると。
受診の結果、パーキンソン病初期症状のうつではないか、という診断でした。薬で何とか不眠は改善されたものの、いつものようにたわいもない話をしてもどこか反応が鈍く、以前のようにユーモアたっぷりの愛嬌(あいきょう)のある表情があまり見られなくなってしまいました。
娘としては、寂しい気持ちはあるものの、考えてみれば父は75歳。年齢を考えると、不調があるのも当然なのかもしれません。私はどんな状態の父でも、好きなのです。父自身もきっと以前と同じように私たちのことを思っているに違いない。そう考えた私たち家族は、父の変化を受け入れることにしました。
父は「花を贈ったこととか、贈られたことはない」と言っていたことがあります。その代わり私には、「あやめ」という名前をつけてくれました。「どんな泥のなかでもきれいな花を咲かせる」という思いを込めたそうです。大好きな父に、今度は私から、できるなら父がつけてくれた私の名前の花束を贈ってあげられたらと思います。

花束をつくった東さんのコメント
娘さんたちが大好きで、だからこそ心配で……それでもいつも投稿者様を励ましてくれたという優しいお父様をイメージして、柔らかい紫色を使ったアレンジを作りました。今回はアヤメのリクエストをいただいき、アヤメ科のオクラレルカというお花を使っています。
ほかにも水色のお花ブルースターなど、柔らかくて優しいブルーや紫がテーマです。ピンクや赤に比べると品種も少なく、数えるほどしかない水色の花ですが、こうしてアレンジにすると、寒色とは思えないような優しさがあふれていますね。
お父様にとっては、人生で初めて贈られる花とのこと。投稿者様のお気持ちも一緒に届くはずです。




文:福光恵
写真:椎木俊介
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
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