癒やしの先にある魅力 「パンダ通」著名人の愛がここに結集

『パンダとわたし』
今年の初め、当店の児童書では上野動物園から仕入れたパンダグッズとパンダの書籍のフェアを開催しました。それ以来YouTubeで上野のパンダ舎の様子を見るのが私の日課となっています。戯れ合う双子のパンダの傍(そば)で一心不乱に竹を食べ続ける母パンダの様子に癒やされます。
しかしパンダという生き物は癒やしの存在以上に、人間社会に想像を遥(はる)かに超えた大きな影響を与えてきたのを、パンダ通で有名な黒柳徹子さんをはじめ、各方面の方々が思いを寄せるこの『パンダとわたし』で知ることができます。
まず第2章の「ジャイアントパンダはなぜカワイイのか?」では、パンダという生き物がどうして人に愛されるのか、その文化的検証です。
丸っこい体つきで人間と同じように座する姿は、私たちに安心感や親近感を与えます。丸を書いて黒い耳を二つ加えただけでも、一目でパンダと判(わか)ります。白黒コピーでも全く問題のないデザインです。「パンダ」という語感や「熊猫」という中国語表記から受ける印象、動物行動学者ローレンツの提唱するベビースキーマという特徴を備えているなど、パンダには私たちの潜在意識を掘り起こしてくれるテーマが満載です。
歴史好きなら第3章の「社会的存在となったジャイアントパンダ」を読んでみて下さい。
1936年にアメリカ人女性のハークネスが生け捕りに成功して以来、パンダは世界の動物園で展示されるようになります。1941年に中国からアメリカのブロンクス動物園にパンダが贈られた際、同年の日米開戦のおかげで飛行機での輸送が叶(かな)わず、真珠湾攻撃による負傷兵と一緒に船で渡米したそうなのです。東西冷戦下でロンドン動物園のチチとモスクワ動物園のアンアンが繁殖のためのお見合いをしたことなど、「パンダ外交」として人間社会に貢献してきた稀有(けう)な存在であることを知ることができます。
また、第4章の「ジャイアントパンダと日本人」では動物園での飼育の様子、第5章の「ジャイアントパンダという生き方」では野生動物としての進化や生態などの生物学的視点でパンダをみつめます。
日本は餌の竹に恵まれているものの、情報の乏しいパンダの繁殖では相当の苦労があったそうです。冒頭の当店フェアでは上野のパンダの赤ちゃんのリアルな体重まで再現された「ほんとの大きさパンダの仔(こ)」というぬいぐるみを紹介しました。上野動物園において繁殖を可能にするまでの大変な苦労の物語を読むと、あらためてこのぬいぐるみの本当の重みを感じる気がします。
このように、様々な側面で人間社会と関わるパンダという生き物の魅力は第1章の「黒柳徹子のパンダ愛」に見ることができます。
黒柳さんの人生、人間形成の基底には「一緒」というキーワードがあるそうです。
これはテレビで知りましたが、上野動物園の開園前に並ぶ人々の着ているものが一様に黒色の理由、それはパンダをガラス越しに撮影する際、自分が映りこまないようにするためだそうです。2017年にシャンシャンが誕生した時には、上野動物園に勤務する女性たちがまるで我が子の誕生のように喜び合ったという話など、みんなで「一緒に」共有できる体験、物語がある、それがパンダという生き物の偉大さなのかもしれません。
国と国、人と人とを結び付けるパンダは、人間の保護努力により個体数は微増してきたものの、絶滅のおそれがある生き物であることに変わりはありません。この本のすべてが次の黒柳さんの言葉に結集されているように思います。
パンダは、人に発見されてから、人との付き合いをしなくてはならなくなりました。だからこそ、人とパンダがうまくやっていけるように、私たちはこれからも行動していかなくてはならないのです。それがパンダの幸せになるのだと、思っています。
p.23
これはパンダだけでなく、地球という星でくらす、すべての生き物たちのことなのです。
そんなことまで気がつかせてくれるパンダってすごい!

かわむら・けいこ
湘南 蔦屋書店 児童書・自然科学コンシェルジュ
読書といえば小説が主で大学も文学部、ずっと「人間のこと」ばかり考えてきましたが、このお仕事に出会ってからは「人間以外のこと」を思う時間が増えました。いま気になっているのは放散虫。「自然界は美しいものだらけです」