フレンチシェフが開いた「農家のパン焼き小屋」/ブーランジュリーフランツ

東京・白金のフレンチレストラン「フランツ」がパン屋を開いた。古民家、揺れるキャンドルの灯に照らされる皿で展開する、はっとさせるような食材同士の出会い。あの世界観を、どんなふうにパンに投影させるのだろう。

藍染めの暖簾(のれん)をくぐる。ピンクのカウンターの上に、ひと抱えもあるでっかいカンパーニュ。それから、フォカッチャ、ケーキ、スープ、ガラスのポットにはフレッシュなハーブから煮出したお茶……。レストランから切り抜いてきたシーンひとつひとつを、真昼の陳列台の上でコラージュしたかのようだ。

本気も本気。料理に、生産者まわりにと超多忙な福田祐三シェフ自らパンを焼く。
シグネチャーの「福岡八女ミナミノカオリ全粒粉のカンパーニュ」。レストランでは、予約時間から逆算して焼きたてで提供され、数多くの客たちを感動させてきた。いつものキッチンの小さな台下オーブンではなく、ボンガード(ハード系の本場フランスの業務用オーブン)から豪快に焼きだす。
それは、口の中にねっとり貼りつく小麦の塊だ。気泡云々(うんぬん)という製パン常識など気にせず、地を這(は)うようなずんぐりむっくりな形に焼く。であるがゆえに、小麦の風味は濃密。プレーンなパンであることが信じられないほど甘く、はちみつのようだ。かえって、チーズのような塩気のあるものが食べたくなる。

「目指してるところが、村でいちばん上手な人がパンを焼きましたって感じ」と福田さん。いわば、白金にある、農家のパン焼き小屋。山梨のぶどう生産者から買い求めた、カベルネ・ソーヴィニヨン種の葉っぱから採取した酵母と、小麦から起こしたルヴァン種も併用することで、酸の効かせ方を毎日調整する。とともに、小麦粉の配合も変え、夏はより軽やかなテクスチャとし、食が進むようさりげなく心がける。
「料理では、暑くなったら酸味を増やすのは、すごく大事なこと。同じように、パンは軽くする。夏場になると軽いほうが食べたくなるじゃないですか。よくわからないけど、『これで大丈夫かな?』って思いながらやってます。日々挑戦ですよ」。パン作りはほぼ独学、信じるのは料理人として培った経験と舌だ。

福田さんがカンパーニュを“料理”するとき、その意図はより明確になる。「新玉ねぎのヴルーテ」は、パンとスープをいっしょに提供。
まずスープを口にすると、炒めて引き出されたタマネギの濃厚な香り、ほろ苦さ、甘さがひりひりするほどに。それをきりりと強めの酸味がさらう。グレープフルーツのような、苦みを孕(はら)んだ酸味は乳清によるもの。添えられたのは、バジルとイタリアンパセリのペーストを塗ってかりかりに焼き込んだカンパーニュ。酸味を癒やす小麦の甘さと、野菜の鮮烈な青さ。
残ったカンパーニュはアパレイユをたっぷり染み込ませて「パンプディング」に形を変える。

この日は、夏らしく、台湾パイナップルが混ぜられる。焼き込んだ皮からぐんぐんあふれる小麦の香りは最終形態といえるほど濃厚。対照的につるんとみずみずしく茶碗(わん)蒸し的に崩壊する中身。散らされたココナツの香りに誘われるままに、分け入る。パインが南国の香りを甘く撒(ま)き散らしたあと、舌が探り当てたレーズン。フルーティーな白ワインのような極上の変化をともなって弾けるジュースが振りまかれる。
生産者をまわり、よい食材を探すのに情熱を捧げる福田シェフ。親指の先ほども大きい生産者手作りのシャインマスカットレーズンは、勝沼の朝日園に何度も通って、作ってもらえるよう頼んだもの。

フォカッチャには食材がうつくしくトッピングされ、まるでランドスケープの様相を呈する。散らされたのはパン粉、そして意表を突く山椒(さんしょう)の葉。一体どんな香りを奏でるのか?
ぷるぷる。とろー。ねっとり。舌にまとわりつく。ここでも濃厚すぎる麦の香りを前に、オリーブオイルが潤滑油のようにやさしい。ルヴァン種が酸味を広げ、塩がじわじわ甘さを引き立て、化けさせる。さわさわと山椒の葉を嚙(か)む。青い鮮烈さと、パクチーのようなスパイシーな葉野菜のニュアンスがともに。ときどきかりっと山椒の実を嚙めば、悪戯(いたずら)のように舌がひりりとくすぐられる。
発想は自由。思い立ったらすぐ実行に移す。
YouTubeチャンネル 「パンラボ」
「暑くなってきたから、そろそろシャインマスカットをアイスにしてブリオッシュにはさもうかな。なんでもできるのが、パン屋さんより先に料理人をやっててよかったところ。正解なんて誰が決めるものでもないじゃないですか。自分がおいしいと思ったらそのパンを出せばいい」
ブーランジュリー フランツ
東京都港区白金5-10-11
12:00~売り切れ終了
月火水木曜休み