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小豆島だけじゃない! 徳川大坂城の石垣のふるさと 東六甲石丁場跡

東六甲石丁場跡の一つ、甲山刻印群の残石

刻印は、大名が石を切り出した証し

さまざまな「刻印」が見られるのも印象的だ。越前福井藩の松平忠直が用いたとみられる刻印もあれば、長州藩毛利家が多用したものなど、刻印のバリエーションが豊富なのだ。芦屋市立美術博物館の前庭には、岩ケ平刻印群などで出土した石材や刻印石が屋外展示されているが、こちらの刻印も、長州藩の毛利秀就(ひでなり)、松江藩の堀尾忠晴、小浜藩の京極忠高、赤穂藩の池田政綱のものとさまざまだ。この地域を大名たちが共同利用して石材を集めていたらしい。

奥山刻印群、福井藩松平家と見られる刻印と矢穴が残る石
奥山刻印群、福井藩松平家と見られる刻印と矢穴が残る石

刻印は、おもに採石場や石材の所有を示すために岩盤や石材の表面に彫り込まれた記号や文字だ。採石を担当した大名の家や藩を示すマークを中心に、組、石工、人物、地名、順番、寸法などを示すものまで種類は多岐にわたる。徳川大坂城の石垣からは1000種類以上の刻印が確認されており、石丁場跡や残石に残る刻印と、実際に積まれた石垣の刻印や文献史料を照合すれば、担当した大名を特定する物的証拠になる。

たとえば、越木岩神社の残石に刻まれた「久留子」の刻印は、備中松山藩の池田長幸が用いたと考えられるものだ。大坂城の石垣でも同じ刻印が見つかっており、石垣普請を担当した大名を記した江戸時代の「大坂城普請丁場割之図」でも、刻印の場所は池田長幸の管轄と一致する。

越木岩神社に残る、「久留子」の刻印が残る岩
越木岩神社に残る、「久留子」の刻印が残る岩

奥山刻印群の標高450メートル地点あたりには、矢穴がいくつも入った岩盤がオーバーハングするようにそそり立っているポイントがある。下をのぞき込むと巨大な割石が落ちており、ここから適当な大きさに切り出した石を落とし、一段下の平場で加工していたと思われる。足場も悪く、矢穴を開ける作業だけでも危険を伴うものだったに違いない。

標高450メートル地点の矢穴が開いた岩盤
標高450メートル地点の矢穴が開いた岩盤

「ヤバトリ」も、小豆島の残石よりはるかに深く、手間がかかったようすがうかがえる。ヤバトリとは矢をさす場所「矢場取り」の意味で、矢穴列を設けるために溝状に掘りくぼめた凹線のことだ。スムーズに破断するため、石表面の風化部分を溝状に削り取る。この作業だけでもそれなりの時間を要しただろう。

風化部分を溝状に削り取った「ヤバトリ」
風化部分を溝状に削り取った「ヤバトリ」

高い山上で採石 船で大坂城まで運搬か

東六甲石丁場群は小豆島の石丁場群と異なり、山の標高が高く、海に面していない。これほど高い山上から、どのようにして大坂城まで膨大な数の巨石を運んだのだろうか。どうやら、山で切り出した石材は河川で浜辺までひき下ろし、そこから大阪湾を経由して船で大坂城に運んだようだ。

城山と奥山の間には芦屋川が流れ、奥山の東側を流れる宮川も大阪湾に注ぐ。同様に、大阪湾に通じる中新田川や夙川などを用いて、石材は山から浜辺に集められたらしい。芦屋市の調査によれば、かつての大阪湾河口に近い呉川遺跡や宮川河床遺跡、西蔵町でも刻印石や割石がまとまって確認され、集積場だったと考えられている。

とはいえ、さほど川幅のない河川を使って巨石を大量に運搬できたのだろうか。痕跡がないため運搬方法はわかっていないが、少なくとも現地でそのようすをイメージするのは難しい。海岸まではかなりの距離があり、運搬路の整備だけでも大がかりな工事だったろう。3時期に及ぶ再建工事において、大名たちは良質な石材を求めて小豆島などに石丁場を移していったとされるが、搬出路の整備費用もその一因かもしれない。

鍋島家単独の採石場か 甲山刻印群

甲山刻印群に残る、鍋島家の刻印が入った残石
甲山刻印群に残る、鍋島家の刻印が入った残石

もっとも訪れやすいのは、甲山森林公園(西宮市)の一角にある甲山刻印群だ。一部は「大坂城石垣石丁場跡 東六甲石丁場跡」として、2018(平成30)年に国史跡に指定された。東六甲山系東南麓(なんろく)にある甲山の約6.4ヘクタールの範囲に分布し、園路に沿って一部を見学できる。

興味深いのは、残石に刻まれた刻印から、採石を担当した大名が文献調査で判明していることだ。複数の大名の共同利用がうかがえる奥山刻印群や岩ケ平刻印群に対して、甲山刻印群では鍋島家が独占的に調達した可能性が極めて高いことがわかっているのだ。鍋島家のものとされる刻印がたくさんあり、見つけながら歩くだけで楽しい。

成形された角石とみられる石
成形された角石とみられる石

石を切り出した場や成形した場など作業を段階的に追うことができ、石材を運び出すまでの一連の行程を知ることができるのもうれしい。東六甲石丁場群では珍しく角石が採石されたようで、そのまま積めそうな石材も残る。古文書にも、築石だけでなく角石を運んだ記述がある。

甲山刻印群のヤバトリも、かなり彫り込まれており圧巻だ。徳川大坂城の石垣普請を命じられたのはおもに外様大名で、鍋島家もその立場にあった。過酷な任務を遂行せざるを得ない、徳川新時代のすさまじい威圧の風が感じられる。作業した大名たちの血と汗の結晶が徳川大坂城の壮大な石垣なのだと思うと感慨深い。

(この項おわり。次回は7月18日に掲載予定です)

#交通・問い合わせ・参考サイト

■大坂城石垣石丁場跡 東六甲石丁場跡
https://www.nishi.or.jp/bunka/rekishitobunkazai/bunkazai/ishichoba.html(西宮市)

フォトギャラリー(クリックすると、写真を次々とご覧いただけます)

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