城旅へようこそ
連載をフォローする

街道を封鎖して対峙!「加越国境城塞跡群及び道」とは 松根城と切山城(1)

松根城、曲輪(くるわ)3南側の横堀と切岸

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は国の史跡に指定されている、石川県と富山県の境にある「加越国境城跡群(かえつくにざかいしろあとぐん)及び道」です。かつての加賀と越中の境で、戦国時代に前田利家と佐々成政(さっさ・なりまさ)が争った地。対峙する両陣営の城から、まずは松根城を紹介します。

【動画】松根城を訪ねて

戦国時代の城 縄張を読み解くおもしろさ

戦国時代の山城を歩く醍醐味(だいごみ)の一つは、縄張(設計)を読み解くことだ。敵の侵入路となる尾根や緩斜面は堀切や竪堀(たてぼり)で遮断し、高低差や屈曲を駆使して城内の道筋を複雑化。敵の突破口となる出入口は集中射撃できるよう徹底強化するなど、効率よく迎撃できるよう土木工事で山全体を要塞(ようさい)化していく。建物は残っていなくても、地面に刻み込まれた城の骨組みが先人の知恵や工夫を教えてくれる。

戦いを想定した城は、地域支配を目的とした城とは異なり、軍事性が高く防御の意図が明確だ。とりわけ極度に軍事的緊張が高まった地域には、戦闘性の高い城が密集する。たとえば、戦いの最前線となる国境や勢力の境目にある城が、その代表例。城を守り抜くための試行錯誤の跡が明瞭(めいりょう)に残り、縄張を分析することで、戦術や戦略はもちろん、戦況や政治的な情勢をもうかがい知ることができる。

松根城、曲輪3から見た馬出。土橋でつながれる
松根城、曲輪3から見た馬出。土橋でつながる

一つの城をじっくり歩き、縄張の妙に触れるのは楽しい。しかし、戦いが人員と時間をかけた総力戦である以上、戦いが繰り広げられた地域全体に目を向け、俯瞰(ふかん)的に経緯や背景に追る楽しみも外せない。

一つの城を点で見るのではなく連動する複数の城を線でつなぐことで、軍勢の動きや戦いの動向、情勢の変化などを立体的にイメージできるのだ。まるで時空が動き出すような感覚に陥り、戦いの臨場感も増すはずだ。おのずと、重要性や役割、改修の目的など、目の前にある城の本質にも近づける。

その楽しみが存分に味わえるのが、加賀(石川県南部)と越中(富山県)の国境に分布する城塞群だ。古くから数々の戦いが起こり、戦国時代には加賀の前田利家と越中の佐々成政との攻防の舞台となった。加賀・越中国境の城塞群のうち、切山城跡、松根城跡、小原越(おはらごえ)が「加越国境城跡群及び道」として国の史跡に指定されている。古道(小原越)を含めて国史跡になっているところも、城ファンにはたまらないポイントといえよう。

松根城の東側にある小原越
松根城の南東側にある小原越

前田利家と対峙する佐々成政の最前線 松根城

松根城は、石川県金沢市と富山県小矢部(おやべ)市にまたがる山上にある。現在の県境、かつての国境に位置するため、利家と成政との抗争においては両者がにらみ合う最前線となった。

利家と成政の戦いが勃発したのは、織田信長が横死した2年後の1584(天正12)年のことだ。成政は信長のもとで武功を挙げ、柴田勝家のもとで利家とともに北陸地方を平定し越中一国の主にまで出世していたが、信長の死後は、天下統一を進める羽柴秀吉と対立した。

1583(天正11)年の賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いで勝家が秀吉に敗れると、勝家に味方していた成政は秀吉に降伏して越中を安堵(あんど)されたが、織田信雄(のぶかつ)・徳川家康連合軍と秀吉の間で小牧・長久手の戦いが起きると、秀吉から離反。これにより秀吉方の利家から攻撃されることとなり、1585(天正13)年にかけて利家との熾烈(しれつ)な攻防戦が繰り広げられたのだった。

松根城の案内板
松根城の案内板

成政は、国境を挟んで交戦状態となると、加越国境付近の城をいくつも大改修して戦いに備えた。その一つとされるのが松根城だ。

脇街道は近道 戦略的に重視

成政が松根城を重要視し大改修したのは、「小原越」と呼ばれる北陸道脇街道が通る要衝だからだと考えられる。越中から加賀へは北陸道が通じているが、倶利伽羅峠(くりからとうげ)を越えて西進してから南下するため、迂回路(うかいろ)となり時間がかかる。そこで、加賀・越中間を北陸道より短距離で結ぶいくつかの脇街道が軍事的に重視されたのだ。中世から、脇街道沿いには城が築かれ使われていたようだ。

朝日山城から見る松根城
朝日山城から見る松根城

田近越、小原越、二俣越などの脇街道は、東側の越中と西側の加賀を結ぶ近道として東西方向に平行して走る。成政は、田近越沿いに一乗寺城(富山県小矢部市)、二俣越沿いに荒山城(金沢市)、そして小原越沿いに松根城を大改修して、各脇街道を固めたとみられる。これに対し、利家は田近越沿いに朝日山城、二俣越沿いに高峠城、小原越沿いに切山城(いずれも金沢市)を、それぞれ成政の城に対峙(たいじ)する形で改修したと考えられている。

NEXT PAGE幅25mの大堀切 加賀方面を徹底的に防御 

REACTION

LIKE
COMMENT
0
BOOKMARK

リアクションしてマイルをもらう

連載をフォローする

COMMENT

コメントを書いてマイル獲得! みんなのコメントを見る

SHARE

  • LINEでシェア

FOR YOU あなたにおすすめの記事

POPULAR 人気記事

※アクセスは過去7日間、LIKE、コメントは過去30日間で集計しています。

RECOMMEND おすすめの記事

&MEMBER限定の機能です

&MEMBERにご登録(無料)いただくと、気に入った記事に共感を示したり、コメントを書いたり、ブックマークしたりできます。こうしたアクションをする度にポイント「&MILE」がたまり、限定イベントやプレゼントの当選確率が上がります。

&MEMBERログイン

ID(メールアドレス)
パスワード

パスワードを忘れた方はこちら

&MEMBER登録はこちら

&MILEの加算アクション

  • &MEMBER新規登録:100マイル
  • 記事に「LIKE」を押す:10マイル
  • コメントの投稿:30マイル
  • 自分のコメントに「LIKE」がつく:10マイル
  • *今後、以下のアクションも追加していきます

  • 朝日新聞デジタル有料会員の継続:100マイル
  • ログインしてサイト訪問:10マイル
  • アンケート回答:30マイル
  • 「朝日新聞SHOP」での購入:50マイル
  • イベント申し込み:50マイル

&MILEの獲得数に応じてステージがあがり、ステージがあがるごとに
&MEMBER限定のイベントやプレゼントの当選確率が上がります。詳細はこちら