ニッポン銭湯風土記
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上州「かかあ天下」の織都・桐生によみがえった銭湯「上の湯」

群馬県桐生市の「上の湯」を経営する若夫婦、津久井篤さん(30)と美紅(みく)さん(27)

旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。

【動画】湯船からコイや水鳥の壁画を眺める

日本遺産「かかあ天下」の意味とは

文化庁が認定する「日本遺産」は現在104を数えているが、その一つに群馬の「かかあ天下-ぐんまの絹物語-」 が認定されている。私はその意味を知らなかったのだが、「かかあ天下」とは家庭を支配するおっかない妻のことではなく、働き者の妻たちが家計を稼ぎ出し、夫が「うちのかかあは天下一」と自慢したことから生まれた言葉だそうだ。天下一のかかあたちは江戸期から昭和にかけて、養蚕・製糸・織物産業に従事した。その集積地が桐生という街である。桐生は別名「織都(しょくと)」とも呼ばれているらしい。

東京から電車を乗り継ぎ、私ははじめて桐生に来た。赤城山麓(さんろく)のこのエリアから埼玉県北部にかけての関東平野北部は、地形的に日本で最も気温が高くなる。JR両毛線の桐生駅を出た瞬間、汗が噴き出てきた。その炎天下を歩いて、この地の織物産業を象徴的に示す風景「のこぎり屋根の工場跡」をいくつか見つけた。

のこぎり屋根の工場跡。のこぎり屋根は北側の面に明かり取りの窓が開けられている。形は同じでも、工場によって建物や屋根の材質がさまざまで興味深い
のこぎり屋根の工場跡。のこぎり屋根は北側の面に明かり取りの窓が開けられている。形は同じでも、工場によって建物や屋根の材質がさまざまで興味深い

酷暑の桐生で出会ったソースかつ丼

しかしこの日は、日中に歩き回るにはあまりに暑かった。たまらず、通りかかった「来々軒」という小さな食堂に転げ込む。古そうな店だったが幸い冷房がよく利いていた。お昼時でにぎわっており、みなおいしそうなものを食べていた。中華料理店の屋号だがメニューは丼物や定食など幅広い。せっかくだから「桐生名物ソースかつ丼」にしよう。

やがて運ばれてきたそれは、カツのボリュームで丼のフタが閉まらない状態で目の前に置かれた。ふたを取ると、黄金色に揚げられたカツが3枚折り重なって湯気を上げ、玄関のガラス戸からの光を受けて輝いていた。横に添えられたトマトとキュウリとともに色彩の調和をなしていて、「これは美しい! これにして良かった!」と喜びを感じた。

「来々軒」のソースかつ丼(600円)
「来々軒」のソースかつ丼

SNSでも話題 孫夫婦が引き継いだ銭湯へ

外へ出るや、再び強い日差しと熱風に包まれ、また汗でべたべたになった。こんな時、私はすぐに銭湯へ行きたくなる。

労働者が多く集まる街には銭湯もまたたくさん作られた。織都・桐生には、最盛期には40軒とも50軒ともいわれる銭湯があったという。しかし現在残るのは2軒だけ。そのうち中心市街地に近いのは上の湯(うえのゆ)だ。戦災に遭わなかった桐生の街は、幹線道路からちょっと外れるだけで狭い路地に古めかしい木造長屋が並ぶまちなみが現れる。上の湯も、普通に歩いていたらまず通りかからないような路地にあった。

群馬県桐生市の「上の湯」

のれんのわきには、「今月の催し」や「次回の薬湯」「上の湯寄席」などの宣伝物とともに、手書きの「お知らせ」の貼り紙が1枚掲示されている。「このたび私達孫夫婦が上の湯を継ぐことになりました。一生懸命頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します」。その張り紙には若い夫婦がさわやかな笑顔で並ぶ写真が添えられている。

(左)玄関脇の貼り紙と、(右)写真のアップ(SNSで拡散されたもの)
(左)玄関脇の貼り紙と、(右)写真のアップ(SNSで拡散されたもの)

私は全国の銭湯をあちこち巡っているが、こんなふうに自分たちの写真付きで継業のお知らせを玄関先に張り出している銭湯を見たことがない。この夫婦の写真は、SNS上の銭湯ファンの間でも話題となり、大いに拡散された。それはこの紙1枚から、このお2人の真剣さと誠実さがびんびん伝わってくるからだ。私は初めて訪れたこの銭湯がどんな風呂かということ以上に、このさわやかな写真に表出する夫婦の気持ちの強さがどこから来るものかに強く惹(ひ)かれた。

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