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ムッソリーニ最期の地 コモ湖畔の小村を訪ねて

イタリア北部ジュリーノ・ディ・メッツェグラ村にて。ムッソリーニと愛人クラレッタ・ペタッチが処刑された場所。2人の写真が陶器に転写され掲げられている

1922年、イタリアでファシズム政党を率いたベニート・ムッソリーニが、クーデター「ローマ進軍」によって政権を奪取してから2022年で100年。第2次世界大戦末期の1945年4月、国外脱出しようとした彼が捕らえられ、最期を迎えた地域を訪ねた。

ドゥーチェと愛人が捕らえられた村

「青春(Giovinezza)」とは、“ドゥーチェ(統帥)”ムッソリーニが率いていた国家ファシスト党の党歌であった。歌詞は「万歳、英雄たちの人民、万歳、不滅の祖国」で始まり、「ムッソリーニのために万歳」で締めくくられる(版によって歌詞に違いあり)。時代を象徴する歌詞である。

しかし、第2次世界大戦の半ば、彼の立場はめまぐるしく変化した。1943年7月、戦況悪化により首相を解任されたムッソリーニは、一旦(いったん)幽閉される。ドイツ軍によって救出され同年9月、イタリア社会共和国(RSI)を建国する。ドイツの傀儡(かいらい)であったRSIは当初、北部ガルダ湖畔のサロに政府を置いた。そして、南部から上陸した連合軍の力が当初及ばなかったローマ以北の支配を目指した。

だが形勢は時間とともに不利になっていった。1945年4月25日、パルチザンを統率する北イタリア国民解放委員会(CLNAI)との交渉に失敗。ムッソリーニと愛人のクラレッタ・ペタッチは、ドイツ軍の車列に紛れるかたちでミラノから北上し、スイス側への脱出を図った。ところが、ドンゴという村の近くでパルチザンによって捕らえられる。

ムッソリーニ最期の地 コモ湖畔の小村を訪ねて
ドンゴ村はコモ湖畔の村。所要時間はコモやレッコから車で約1時間、ミラノから電車で約1時間半。コモからの水上バス(Navigazione Lago)、路線バス(STECAV)もある

筆者がドンゴに降り立ったのは2022年初夏のことだった。ミラノから北へ車を走らせること約2時間。コモ湖に面した小さな村である。スイス国境まで道沿いに進めば四十数キロメートルだが、直線距離にすると約9キロメートルしかない。この一帯で、ムッソリーニとペタッチは最後の二十数時間を過ごした。

ムッソリーニ最期の地 コモ湖畔の小村を訪ねて
湖畔に残る旧道は、ムッソリーニが国外脱出を試みた日の面影を残す

今日、ドンゴ村の人口は約3200人。見ると、住民たちが朝の散歩を湖畔沿いで楽しんでいた。歴史の転換点となる事件が発生した場所とは思えない穏やかさだ。犬を連れた高齢者に、ムッソリーニが拘束された場所を聞くと、彼は「もう少し手前だ。湖畔の遊歩道を行くといい」と教えてくれた。そこで筆者は車を置き、徒歩で湖畔をムッソという隣村に向かって引き返すことにした。600メートルほど歩いただろうか。壁に埋め込まれたプレートには、こう記されている。

「1945年4月27日の夜明け、この 場所でパルチザンの一団が倒木で道路を塞ぎ、 逃亡するベニート・ムッソリーニと彼の追随者たちが乗るドイツ 軍の車列を阻止した」

以下に記す時刻や経緯には諸説があるので、今回は現地の解説板を参考とする。また一帯は、「終戦のルート」という名称で、ロンバルディア州の資金援助を得て2000年代前半に四つの順路が整備されており、パルチザン、RSI双方が辿(たど)ったルートを辿れるようになっている。

ムッソリーニ最期の地 コモ湖畔の小村を訪ねて
1945年4月27日、ムッソリーニの乗った車がパルチザンに発見された場所を示したプレート

1945年に話を戻そう。夜明けから監視を続けていたパルチザンが、ムッソリーニを乗せた車両を含む30台の車列を制止したのは午後3時半頃だった。まず、パルチザンはドイツ軍と通訳を介して交渉を開始。やがて、1台の車両からムッソリーニを発見した。ドゥーチェは抵抗せず、またドイツ兵たちも奪還を試みなかったという。スペイン外交官の偽造身分証明書を所持していたペタッチと彼女の家族も、同様に見つけられた。

連行されたムッソリーニは、村民たちが立つ沿道を進み、ドンゴ村の広場にある村役場に収容された。マンツィ宮というその館は今日も存在し、内部には欧州連合の資金援助を得て2014年に開設された展示室「終戦博物館」がある。

ムッソリーニ最期の地 コモ湖畔の小村を訪ねて
ドンゴの広場にあるマンツィ宮。捕捉されたムッソリーニは、館内に移されて尋問を受けた

博物館のエレナ・ドナトーリさんは、施設の内容をこう説明する。「大戦末期の様子、とりわけ逃亡するムッソリーニおよび指導者たちを捕らえたレジスタンスの役割を解説しています。すなわちイタリア人対イタリア人の闘争です」

博物館が強調したい点は? 「村で起きた事件が、大戦の最終的な結果に繋(つな)がり、欧州のみならず世界中に影響を及ぼした点です」

ムッソリーニ最期の地 コモ湖畔の小村を訪ねて
終戦博物館の内部。ドイツ軍のイタリア撤収など、大戦末期の新聞コピーが吊るされている(写真提供 : Il Museo della Fine della Guerra)

しかしながら、人々の間にはさまざまな歴史認識が存在する。そうした多様性を、どう受け止めているのか? その問いに対してドナトーリさんは「訪問者の個人的解釈や政治観が入り込む余地は、ほぼありません」と断言し、背景をこう説明する。

ムッソリーニ最期の地 コモ湖畔の小村を訪ねて
終戦博物館の内部。視聴覚機器を通じ、関係者たちの証言に接することができる。(写真提供 : Il Museo della Fine della Guerra)

「私たちは、著名な歴史学者で構成された委員会に監修を仰ぎました。さまざまな歴史的・政治的観点から数十年間続けられた最新の研究結果に基づいているのです。地域・国家双方のレベルで文脈的な概観を構築しました。そのうえで、イタリアを二分した内戦に関心を持つ人々の要望に応えたのです」

「21世紀における博物館の役割は?」との問いには、「いまだイタリア人の中で意見が分裂する原因となる、(今日のイタリア)共和国の始まりに関する固定観念を変えることに貢献したいと願っています」と答えた。

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