東京の台所2
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〈262〉上京、退職、独立、再婚。彼女がバッグデザイナーになるまで

〈住人プロフィール〉
53歳(女性・バッグデザイナー)
賃貸マンション・1LDK・浅草線 東日本橋駅・中央区
入居10年・築年数37年・夫(49歳・自営業)とふたり暮らし

 実家は金沢でステーキ屋をやっていた。母は料理がそれほど得意ではなく、また店を手伝い疲れているので毎日の夕食はかんたんなものになる。食卓には毎日ステーキの切れ端や市販の総菜が並んだ。休日は、料理が得意な父が腕を振るう。
 結果、料理をしない娘になった。
 「味噌(みそ)汁を作ったこともなければ、ご飯も炊けない。社会人になってもしばらく実家暮らしだったのでほとんど料理をしませんでした」
 化粧品会社に勤務、24歳で東京の本社に希望して転勤した。
 さらにやりがいのある職務に挑戦したかったのと、東京で働くことと暮らすこと、両方に憧れがあったからだ。

 「外食が大好きなので、東京の生活は楽しくて刺激的でした。当時の地元にはエスニックや辛い料理屋さんもなかったので。石川時代から付き合っていた人と25歳で結婚後も、毎週末、外に食べに行ってましたね」
 もともと料理に興味がないうえ、仕事が忙しく平日はほとんど作らない。だから31歳で離婚をしたとき、彼に言われた言葉は胸に刺さった。
 「朝ごはんも作ってくれなかった」
 いろいろあったけど彼の本音はそこにあったのかな……。率直にそう思ったという。

 離婚の前年、退職をしていた。12年間、美容の仕事はやりきったという実感がある。次は、趣味で作っていたバッグを仕事にしようと思ったのだ。

〈262〉上京、退職、独立、再婚。彼女がバッグデザイナーになるまで

「ブランドの立ち上げは誰でもできる」

 独学でバッグをデザインし、手作りをしていた。会社に持っていくと「私にも作って」とオーダーが来る。出張先のニューヨークで、「それとても素敵ね」と3人に声をかけられた。
 セレクトショップをやっている知人に頼まれ店頭に置くと、次々と売れた。
 「え、自分の作ったものを人さまが買ってくれるの?と、さすがに驚きました」

 しかし好きなことを生業(なりわい)にするのはそうかんたんではない。腕試しに知己のいない展示会に出すと、まったく売れなかった。
 「前回売れたのは、知人の店だったから。知人のセレクトのセンスを好きな人がたまたまあったものを買ってくれただけ。私のバッグを求めてやってきた人ではないと、いまさらながらに気づいたのです」

 離婚をした。実家からは「帰ってこい」と言われる。貯金通帳の残高は減る一方だ。しかしあと戻りはできないし、したくない。
 バッグデザイナーになるのだと改めて強く決意し、専門学校に入学した。同時に、必要に迫られ自炊も始める。
 「ちゃんと料理するようになったのはこのときからです。東京のスーパーはハーブや珍しい調味料など、田舎にないものが揃(そろ)う。食材を買うのが楽しくなりました」

 1年間履修し、バッグメーカーで1年間修行。35歳から起業支援施設を利用した。アトリエとして使えるほか、ブランド育成の助言など起業にまつわる企画から生産、営業・経理まで学べる。
 さっそく彼女はブランドを立ち上げた。だがここからがまたきつかったらしい。
 「外で飲んだり食べたりしませんでした。そのお金があったら材料費に回したいので。ブランドを立ち上げるなんて、誰でもできる。それがビジネスとなり、生活できるようになるのには何年もかかります。施設には4年いましたが毎日やることや学ぶことが山のようにあって生活も大変で、あまり記憶がないんです」

 しかし、どんなに生活が厳しくてもバイトだけはやらなかった。
 「それをやったら自分はなんのために東京で暮らしているかわからなくなりそうだったから。自分を見失うと思いました」
 ひとつまたひとつと取引先が広がり、ようやく自分の店を持てたのは40歳のときである。デザイナーになろうと決めてから9年が経っていた。

〈262〉上京、退職、独立、再婚。彼女がバッグデザイナーになるまで

引っ越して食生活が激変

 39歳から付き合い始めた人がいる。酒も料理も好きで、休日は寸胴(ずんどう)鍋で鶏ガラスープを煮込んだり、コトコトトマトソースを作ったり。できあがると「これ何かに使って」と彼女にその先の料理を任せる。彼女が作ったものはなんでも「おいしいおいしい」と言って平らげる。
 43歳で再婚。
 ルーフバルコニーとレトロなデザインの台所を気に入り、現在の住まいに越した。入居時は気にもとめていなかったが、古いオーブンが備え付けられていた。
 「このオーブンのおかげで食生活がガラリと変わりました。かたまり肉でもハンバーグでも中まで焼ける。フライパンだとこうはいかない。料理の幅がぐんと広がりました。入居10年でお肉料理が増えすぎて太ったので、ちょっと控えようねって言ってるくらいなんです」

 ルーフバルコニーでスモークにしたり、オクラやきゅうりをぬか漬けにしたり。帰宅して30分で用意をして、20時ころからふたりで1時間ほど晩酌を楽しむ。
 「ほっとする大事な時間。疲れているので平日の料理の用意は30分以内と決めています。それ以上やると負担になっちゃう。コトコト煮込むような料理は休日に。ふたりともお酒を飲むのでごはん系は作りませんが、働いているお母さんはお子さんのために仕事の後毎日ごはんを作るんですよね。ホント尊敬します」
 
 オーブン料理をするようになってから「自分は食べることが好きなんだ」と初めて気づいたそうだ。「彼と結婚したから」もきっかけに含まれるだろう。
 コロナ禍をはさみ、人気に左右される商売でもあるため「今でも大変は大変なんです」と自嘲する。
 
 美容の仕事とバッグの仕事とほぼ同じ年数になる。夢を形にした今をどうとらえているのだろう。
 「美容部員も今の仕事も、お客様に喜んでもらうという点で変わらないんです。喜んでくれるって嬉(うれ)しいな、業態が変わってもこんなことがあるんだなと驚いています」

 開店して5年目の頃、以前販売したバッグの修理が個人客から来た。
 送られてきたバッグのポケットに、出し忘れたような給与明細がまぎれていた。
 「胸がいっぱいになりました。この方はどれほど勇気を持って、私のバッグを買ってくださったんだろうと。うちのはあまり安くはないので……。そう考えたら、これからも絶対長く使い続けられるようなものを作っていかなければならないと決意があらたになりました。そして、壊れて捨てるのではなく、修理をしても使いたいと思ってもらえたということにも大きく感動しました」
 無常の喜びがこちらまで伝わる。思い出すたび初心にかえるという彼女の大切な出来事。

 私は社会に出たころから仕事と暮らしがしっかり充実しているという人に会ったことがない。多くは、あちこち回り道をしながらときに心やからだを傷め、ときに生活をおざなりにしながら、曲がった先に小さな気づきがあり、人生を重ねてゆく。きっと彼女もそうで、今は仕事と暮らしのバランスがちょうどいい塩梅(あんばい)で成り立っているんだろうと思った。
 カウンター上のバットには今晩食べる予定であろう大きな生のハンバーグが寝かされていた。それがいかにもおいしそうで、彼女の少々遠回りをして歩んできた日々の先にある今日が、じんわりとした幸せに満たされているのを、そんな何でもない光景からも感じた。

〈262〉上京、退職、独立、再婚。彼女がバッグデザイナーになるまで

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